全39話、やっと見終わった!特にこのBox2に収録の後半部分は物語に引き込まれて一気に見終わってしまった。この「求心力」はファースト・ガンダムやエヴァにはなかったものだと思う。以下、思いつくままに。
「波導ガンすげーっ!」「イデオンソードすっげーっっっ!!!」「モエラ死んじゃった…(涙)」「リンも死んじゃった…(溜め息)」「アブゾノール最高www」「ギ、ギジェまで死んじゃった…(目が点)」「シェリルさん壊れた…」等々。
入れ替わり立ち代わり様々な敵があの手この手でソロシップを攻めてくる展開に『忍者武芸帳』的な要素を感じたり、本来なら味方のはずの地球連合軍までソロシップの敵に回ったりという展開に、富野カントクお得意の「三つ巴(『ダンバイン』や『Zガンダム』終盤)」的な盛り上げ方を見てとったり…。イデの力が開放されていくにつれて観ている側のカタルシスは右肩上がりに増えていくのだが、コスモ等の登場人物達は逆に「イデに見放されないように」自分達のエゴを抑えるようになっていく。この辺りすごく教育的w。
イデオンの核となる要素は幾つかあると思うのだが、その中でも「カテゴリー(国籍/人種)を越えて他者と通じ合おうとする個のあり方」を象徴するカララとギジェの存在は、『イデオン』においては悲劇的な結末を迎えるのだが、長い年月を経て『∀ガンダム』のロランのようなキャラクターとして昇華されたのではないかと。
あと最終回について。イデが発動して全人類が滅亡するという終わり方自体は実は『発動篇』とほとんど同じである。しかしそこに至るまでのプロセスを丁寧に(特にコスモとドバ指令の心情の発露を)描くかどうか、および全員が死んだ後で魂になった状態で「これで良かったんだよね」的なセリフを喋らせる&新しい宇宙での転生の可能性を示唆する描写の有無によってこんなにも印象が違うものか、という。戦略的にはこのショッキングな最終回あればこその『発動篇』公開だと思うのだが、『発動篇』にあった圧倒的な「説得力」を欠いた「視聴者置いてけぼり」のこの最終回から逆説的に学ぶものは大きいと思う。
最後に。やっぱりこの作品は「生きる」とは、とか「人生とは」みたいな問いかけをアニメという枠でやろうとした作品なのだと思う。そこにこそ「イデオン」の持つリアルさ、作品としての普遍性があると思うし、鬱展開が続いてもダウナーにならずむしろアッパーにテンションが上がっていくのは、「何としても生き延びるんだ」という切羽詰まった意志が全編に漲っているからだと思う。年をとればとる程、「結局人間いつかは死んじゃうんだけど、問題なのはどう生きたかだ」という気がしてきているので。