著者は武道の心得がある方のせいか、全体的に体育会系っぽくて、ついていけないな、と感じたことが多かった。が、これが現実なのだろうな、現実は現実として受け止めなくてはならないのだな、と自分に言い聞かせながら読んだ。
第一章冒頭の「ひと言ご挨拶させていただきます」と初対面の方に挨拶し、人脈を築いたエピソードや、同じく第一章の、
若者の溌剌とした態度は、見ていて気持ちがいい。/「××社の○○と申します」/背筋を伸ばし、胸を張り、語尾のしっかりした明瞭な話し方は、それだけで相手の信頼を得る。
云々というくだりは、私を憂鬱にさせた。私は、会話はおろか買い物一つするにもおどおどぼそぼそしてしまうので、憂鬱になった。私にそんな立ち居振る舞いが出来るはずがない。それというのも自分に自信が持てないからで、自分はいつも人と比べて何かが足りないような、何かやらかしてしまうような不安があるのだ。そんな私に突破口を与えるかのように、著者は知り合いの実例をひきながら書いている。
なるほど本間君の言うように、自分に自信があれば態度は自然と溌剌としてくる。/これは正しい。/だが、実は「その逆もまた真なり」ということを本間君は知らないのだ。すなわち「溌剌とした態度をとれば、自信が持てる」ということなのである。
またまた〜、と眉につばをつけながらページを繰ると、著者自身の経験や《ジェームス=ランゲ説》(「我々は悲しいから泣くのでなく、泣くから悲しいのだ」)、著者が本間君にアドバイスしたところ、彼が変わったことなどが書かれており、これはあるいは、試してみる価値があるかもしれない、とガチガチの心がほんの少し動いた。
さらに、寡黙な自分は第五章の
「寡黙をもって雄弁とする」という話し方
を参考にしたいと思った。著者は千利休の言葉をひいているが、私なら芭蕉の
世の人の見付ぬ花や軒の栗
をひく(違うかな?)。