主人公の木沢涼介は、情報サービスを提供するIT企業のモービッドに勤務。東証1部上場企業で従業員500名、ヒルズに本社を置く伸び盛りの企業だ。長野県飯田の出身で西北大学卒、取締役直前の経営企画部長であった。しかし数日の休暇を取って出社すると会社がない。また誰も木沢の存在さえ否定される。世にも不思議な事件が発生した。あり得ない夢のような話だが読んでいてとても怖い。給与が入金になっていない。退職でもないから退職金がない。離職票がない。失業認定もされないから失業給付も出ない。ここからは現実にある社会の底辺に落ちて行く恐怖が始まる。住宅ローンの返済がある。専業主婦は生活費を待っている。一人娘は大学院生だがすねかじりだ。本人は53歳で特別なスキルもないので求人は非常に狭まる。嘘をついて飯田橋のハローワークに潜り込む。貨物運行管理かタクシー運転手しかない。面接に行っても必ず保証人を要求される。保証人になってくれる他人はいない。別居して住込み可の仕事を探す・・・。というように現実のリストラや、自己都合退職以上に厳しい状況での職探しや失業の日々の描き方が怖い。人間はホームレスになるかならないか、ギリギリの細い塀の上を歩いている由。何かの弾みで簡単に「こっちの生活」から「あっちの生活」にスリップしてしまう。役員になって一度退職金を手にして、その後の役員退職金を楽しみにする役員達も、更に上を狙い、そして人相が悪くなる。ポストに安住して悠長になればイコール解任だ。こういう役員も「あっちの世界」に行きかねない。またカネと出世だけが人生の目的でないとして、主人公の高校同級生は民放会社を飛び出し富良野の月収10万円の仕事に移った。いろいろ考えさせられると同時に、この不思議な事件も最後まで主人公がどうなるかハラハラさせられ放しであった。