本作品を読むには、明治・大正通史と伊藤博文のことを詳しく知っていないと、歯が立ちません。
本作品を、伊藤之雄「伊藤博文−近代日本を創った男」(講談社)の簡易版と思い込み買ってしまった私は、結局、大部なるその本と明治概説的な本を並べて読む羽目になり、本当にしんどかった。でも、これは私の無知に依るものであり、本作品の瑕疵ではない。
本作品の著者は、伊藤氏の著書を「実証的な政治外交史の立場からの研究」と位置付け、本作品は「思想内在的解明」とする。正直、本作品で著者の論じるところの正否は、私ごときに判じられるものではなく、ひたすら勉強になりましたとしか言えません。
しかし、何とか読み通す中から、伊藤博文という19世紀の人間が、現代においても稀有なる政治・国家への理念(グランド・デザイン)を持ち、その理念を試行錯誤しつつも一歩一歩実現しようとしていたことに、とても驚かされました。近代国家のグランド・デザインとは、龍馬の船中八策程度のペラペラ1枚ではなく、西郷のように旧弊を潰すだけでもなく、地味で迂遠なそれでいて評価され難いものでしょうし、伊藤の後世への評価もそんな感じです。そうした印象論を一掃するような内容が、本作品には、著者の並々ならぬ苦労の集大成として多数盛り込まれています。
正に道半ばで倒れた伊藤は、著者の解明の全てを成し遂げたわけでもそれを意図したかも断じ得るものではありません。しかし、そこで示された理念は、現代においても、いや、現代においてこそ、政治家に求められるものと思えました。著者は全くそのような記述をしていませんが、伊藤の言葉は百年の時を超えて現代の政治や人々にも鋭く突きささるものでした。
心して、一言一言を読み尽くせば、必ずやそれに見合ったものを与えてくれる。そんな本の本来の役割を体現した作品です。