■本書は伊福部昭の青年時代に的を絞った評伝である。伊福部は映画音楽愛好者には特撮映画音楽で非常に有名であり、クラシック・ファンには大著『管弦楽法』や東京音楽学校(現東京芸大)の作曲家講師時代に黛敏郎や芥川也寸志などを育てたことで知られる人だ■彼は音楽大学を卒業した人ではない。音楽は全くの独学だった。彼は10代の多感な時期に、2人の兄と、2人の同年の友人―後に音楽評論家となる三浦敦史と作曲家になる早坂文雄―と研さんを積み、音楽を実に豊かに深く学んだのだ。そして21歳のときパリの作曲コンク-ル「チェレプニン賞」に「日本狂詩曲」で一等入選する■本書の白眉は、伊福部が来日したチェレプニンと会い激励されるシークエンスだろう。伊福部は横浜でチェレプニンから「君は音!楽家になれ」といわれる。伊福部が両親の反対を伝えると、それなら札幌に行って説得しようとチェレプニンはいい、実際に札幌を訪れる。滞在中2度も伊福部家に足を運び彼は両親を説得する。チェレプニンが帰る日、札幌の駅で伊福部はいう。「お礼がしたいが今の自分には何もできない。できるのは作品を書くことだけだ。新しい曲を作って献呈したい」。チェレプニンは「焦る必要はない。ブラームスは第一交響曲を書き上げるのに24年、バラキレフは32年かかった。だからここはじっくり構えて欲しい」と励まして去ってゆく。伊福部22歳のときのことだった■本書は、版元(=新潮社)品切れの表示となっているが、2002年にボイジャーからオンデマンド出版で再刊されている。木部氏が同年5月ボイジャーから書き下ろし第2弾『伊福部昭・タプカーラの彼方へ』を上梓したのに合わせて、再び刊行されたのである。探求者はぜひボイジャーのサイトをチェックされたし。