呼んでビックリ。実に意外な面で痛快な一書でした。タイトルにもあるように著者自身も伊勢神宮に魅せられているのでしょう。ただ世の中が伊勢神宮に魅せられるその背景に、かなり意図的な部分があり、学問的には相当に問題点がありそうだ、という立場から、実に丹念に文献にあたりながら、痛烈に学者や学会を批判している書なのです。ある意味「学者」のあり方批判を展開している書ともいえます。このことは「学問」の「科学性」を第一に考えようとする著者の真摯な主張が、「学会」からは無視され続けているという点を考慮すると、若干エキセントリックな批判に過ぎるという面はないではないのですが、十分に許容される範囲の主張、批判と私は理解しました。
「伊勢神宮は20年に一度の式年遷宮により、1300年以上昔の形状を変えることなく現代に伝える日本古来の建築美の頂点である」等の称賛がよくなされます。ただ著者によれば神宮には回廊や勾欄がめぐらされ、妻かざりには法隆寺と同じ細工がほどこされ、社殿配置は対称的で薬師寺を思わせる等、仏堂めいたところもあり、大陸風、中華風の要素が確実に届いている、とのことです。著者はこのような組み換えが桓武期(桓武天皇在位781-806)に生じた、と想像しています。これ一つをとっても一般的に伊勢神宮に寄せる印象とは違います。この一般的な、こうあって欲しいという印象に、実証的であるべき学問が左右されていると著者は指摘しています。
自らの学問に対する姿勢を正す意味からも実に意義深い一書でした。