何年か前に古本で買ったのですが、最初読んだときに全く意味が分からず長らく放置していました。メルロ=ポンティとかデリダとかを踏まえて書かれていますが、けっこうそのまま素直に読んだ方がいいかも。
デカルト以来の西洋近代的な思考では、自己と他者の区別、〈私〉と〈きみ〉の区別が前提になっていますが、〈おもて〉の解釈はそうした区別の手前の体験をすくい取ろうとする試みです。確かに、日本語では人称の区別がない言葉がいくつかあるなぁと改めて思いました。本書にも出ている例ですが、例えば「おのれ」という言葉は、自分を指す場合もあるし相手を指す場合もある。また、それ以前に、日本語は主語がなくてもきちんとした文章になる言語ですよね。日本語で哲学をすることの意義を考えさせてくれる好著です。
それにしても、坂部氏の同時代の哲学への反応は驚くばかり。本書に収録されている論文の初出はだいたい1970年代なのですが、すでにドゥルーズ『意味の論理学』やデリダ『グラマトロジーについて』などにも目配せをしているのはすごい。