■本書「まえがき」より 本書が扱う二人の思想家について,さしあたり「まえがき」を書きつつある今の私が言えることは,「彼らがほんとうは何を言いたいのか,私にはよく分からない」ということだけである。 私はレヴィナスについてはかなり長期にわたって集中的な読書をしてきたが,いまだにレヴィナスが「ほんとうは何を言いたいのか」よく分からない。ラカンについては,レヴィナスよりさらに何が言いたいのか分からない。 にもかかわらず,「分からない二人」の著書を交互に読んでいるうちに,私はどうやら自分が「同じ種類の難解さ」を相手にしていることに気づいたのである。 「私には理解できないこと」がある。それが一つだけなら手の施しようがない。しかし,「同じ種類の理解できないこと」が二つあると話は違ってくる。そこに共通する「分からなさ」が読解の手がかりを提供してくれるからである。 --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。
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