スペイン内戦を扱った作品で、日本の一般の人々の関心を引いたものは、文学作品よりもむしろ映画の方が多いことは否めない。それは、映画にはビクトルエリセ監督の「蜂の巣の精霊」(一般には「ミツバチのささやき」)「南」(同「エル・スール」)、フェルナンド・フェルナン・ゴメス監督の「蝶の舌」、ギジェルモ・トロ監督の「牧神の迷宮」(同「パンズ・ラビリンス」)などといった名作が目白押しであるからだ。
それらの作品は、スペイン内戦を経験したすべてのスペイン人が、その心の奥底に負ってしまった「深い傷」を映像で見事に描き出して秀逸である。しかしながら、文学にもスペイン内戦によって傷つけられたスペイン人の心の有り様を描いた秀逸な作品は存在する。そして、わずかながらも、すでに日本語で紹介されたそれら作品も確かに存在するのである。しかし、本年(2011年3月)に現代企画室より出版された『仔羊の頭』ほど、すぐれた作品はないであろう。これはスペイン作家であるフランシスコ・アラヤによって1940年代〜50年代に書かれながらも、スペインではフランコの死から3年である1978年まで出版がされなかった5編の短編小説より構成された作品を、松本健二、丸田千花子の両氏が翻訳したものである。
5編の作品の中で特に私の心に残ったものは「タホ川」と銘打たれた作品である。国民軍(反乱軍)将校として戦闘に加わったサントラーリャは、偶然出くわした共和国軍兵士アナスタシオを射殺する。後にサントラーリャは、自分が射殺した敵は同郷人であったという事実と、その状況からは射殺する必要など皆無であったということを仲間から指摘される。そのことに、彼は深い慙愧の念を抱え込むこととなる。その後生還したサントラーリャはアナスタシオの遺品である「労働総同盟の党員証」を携え、「若干の虚構」を交えた「最後の様子」を「身分を隠し」て、アナスタシオの遺族に伝えるために出かけるのである。しかし当時のスペインにおける複雑な社会状況はサントラーリャにもアナスタシオの遺族にも「謝罪とその受け入れ」を許可しないのである。そこに存在するのは「巨大な歴史的断絶」であるのだ。
タイトルとなった「タホ川」とは、主人公と彼に射殺された兵士の故郷である古都トレドの三方を囲むように流れる川の名前である。そしてスペイン語で"Tajo"と綴られるその語には、「分断、切断」「仕事、作業」「断崖、絶壁」「刃」「首切り台、断頭台」などという意味がある。そして作品中では、「訳者あとがき」の中で明らかにされているように、この"Tajo"という単語は「万華鏡のように意味を変えながら、内戦の惨状を告発する」のである。
「悲惨な内戦」を実体験として記憶するスペイン人は、もはや多くはないことであろう。しかしその惨状を風化させず、さらには優れた映像作品や文学作品に昇華させた同国の文化の深さには瞠目するしかない。