本書の第6章で、「ココロが大人になること」の必要性を説いている。
享楽的な道も厭世的な道も、人間の「生きる目的」と言える「楽しみ」からほど遠い人生である。なぜか?「貪・瞋・痴」の感情が働く限り、目が曇って、論理性や合理性が保てないからだ。そして「貪・瞋・痴」の感情が原因となる“集中力は赤ちゃんにもある”し、カラダが大人でココロが子供の「貪・瞋・痴」は“不幸になる方向に集中力がある”生き方を選ぶものだ。一方、「貪・瞋・痴の汚染から浄化されること」は「ココロが大人になること」であり、“好きでも嫌いでもないことに集中する”ことを可能にする。日本の今日の課題である教育問題の基本がここにある。