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仏教、本当の教え - インド、中国、日本の理解と誤解 (中公新書)
 
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仏教、本当の教え - インド、中国、日本の理解と誤解 (中公新書) [新書]

植木 雅俊
5つ星のうち 4.3  レビューをすべて見る (25件のカスタマーレビュー)
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商品の説明

内容紹介

インドで生まれ、中国を経て日本に来た仏教。サンスクリット語の原典から、漢訳ではわからないブッダの教えの真髄が見えてくる。

登録情報

  • 新書: 228ページ
  • 出版社: 中央公論新社 (2011/10/22)
  • ISBN-10: 4121021355
  • ISBN-13: 978-4121021359
  • 発売日: 2011/10/22
  • 商品の寸法: 18.1 x 11.1 x 1.7 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.3  レビューをすべて見る (25件のカスタマーレビュー)
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By 革命人士 トップ500レビュアー
タイでは坊さんは女性に触れてもいけないのに、妻帯すら認められる日本から見ると、タイ仏教はもはや「仏教らしき宗教」にしか見えない。同じ宗教がどうしてこれほど違って見えるのか。これこそ「比較文化」の格好の対象じゃないかと、英仏独梵漢語と超人的に博覧強記な著者はいう。もともとサンスクリットで書かれた仏典が日本に来るまでに、梵文漢訳というステップを踏んだことで、誤記、誤解、意図的な読み替えが多く生まれた。そのため、人間的なドラマだった仏典が、無味乾燥な音の羅列になってしまった。著者は仏典をサンスクリットから直接和文に訳して、「かんじーざいぼーさつ」「はんにゃーはらーみたー」が何を意味するのか明らかにする。

梵文漢訳の際、中国に存在しない概念は意訳ではなく音を漢字の当て字にした。そのため、「智慧の完成」という梵文が「般若波羅蜜」というおどろおどろしい文字列になってしまった。ちなみに悪魔の「魔」や獅子の「獅」は仏典漢訳の際に作られた漢字だそうだ。漢訳仏典は中国人が聞けばなんとなく意味は理解できるが、日本への伝来時、日本語に訳されず、漢文を直輸入してしまったため、仏典は全く無味乾燥な文字列になってしまった。何だか分からないけど、とにかくありがたい高尚な教えを説いているんだろう、と一般的日本人は理解し今に至っているが、元の文を理解できないために、「道楽」「説教」など、もともと道を極めようという肯定的な仏教漢語が、日本語として定着する過程で、マイナスの響きを持ってしまったことを著者は嘆く。

日本ではかなり教条的なイメージのある仏教の本質が、ドラマティックかつ論理性、合理性に貫かれていたことを本書は強調している。王子という身分を捨て、男女、貴賤問わず修行者を受け入れたブッダの革新的思想を伝える文書が、日本へ至るまでに、国家というスポンサーの下で仏教知識を独占するという既得権益を持つ僧侶たちによって、何だか分からないけど守るべき経文として権威づけに使われた。私は、仏教や宗教哲学について、ほとんど知見を持たないが、単純にこうまで違った読み方になってしまう、というのは面白い。
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33 人中、26人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
サンスクリット語を学び〈原典〉を自在に読みこなす著者が放つ、耳目驚動の「仏教の比較文化論」の登場。

──「北枕」の文化的誤解から始まり、仏教のジェンダー平等、シェークスピアの戯曲のようなドラマチックな経典、フランクル著『意味への意志』と釈尊の思想に言及し、新井白石による梵語への語源研究、『法華経』と藤原俊成や宗祇の歌と松尾芭蕉、その一門の許六や荷兮の句、さらに近松門左衛門の戯曲論を「諸法実相」論につなげ……と恐るべき博覧強記のスリリングなまでの展開が続く。

就中、道元の時間論の「有と時」とハイデッガーの『存在と時間』の比較対応に触れたあとで、日蓮の「今現在という瞬間を即永遠と開く」時間論を紹介。その文の末尾に、なんと三木清が書いた一高を卒業する直前の“課題作文”から「一瞬の現在に無限の過去を生かし、無限の未来の光を注ぐことによって、一瞬の現在はやがて永遠となるべきものである」を援用する、離れ業の妙技!

「語られざる哲学」(三木清が大学2年のときに草し、後の三木哲学への出発点ともなるこの作品は、著者にとっても物理学から転じて仏教学の高い峰に向かう険路を歩み出した日の想いが重なるものでしょう)をなぞっていえば、インド・中国からの伝言ゲームの〈敗者〉累々たるわが国において、これまで未聞の“仏教の真髄・ブッダの信念”が精確に届いた「語られざる仏教学」の初めての本が世に出たと言えましょうか。

これほど論旨が明晰で、なおも平明な文章でつづられた「仏教の本」など、見たことがない。

しかも豊穣な内実で、圧倒された。

各章の記述で横道にそれた話の中にも、思想の核・詩想の果実が幾つもあり、それをまた〈主題〉として大きく展開できる興味深い話に満ちている。

タイトルや帯の惹句に関して、担当編集者へのエール。

【仏教】の後ろに読点がついて【本当の教え】と続けるところ、書名としてあまり例が少ないと思いますが、このネーミングのつけ方は面白い。

「仏教の本当の教え」「本当の教えとしての仏教」「仏教──本当の教え」ではなく、この「テン(読点)」にするコピー・センスが、とてもいい。
また「……の理解と誤解」というサブタイトルにも「おや? 何だろう?」と、思わず本を手にとってしまいます。

最も秀逸極まるのが、帯の「壮大な伝言ゲームの果てに。」「2500年、5000キロ、ブッダの教えはどのように伝わったのか」というキャッチコピー。そのクールさに感嘆。

釈迦涅槃像の切り抜き写真が置かれて「身を横たえたブッダ」に、エスプリの香気が。

ともあれ、この伝言ゲームの果ての21世紀初頭に、本書によって《我々はお互いを見つけたのだ》、悦ばしいことに。
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14 人中、11人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By thought_police トップ1000レビュアー
本書は、釈尊の教えと日本の仏教とは、似て非なるものだということがよく分かります。

釈尊が出家して着ていた袈裟は、墓地に捨てられた死体をくるんでいた衣をつなぎ合わせたものだったとのこと。
一方日本の僧が来ている袈裟は、金襴の布地を用いた錦の衣です。

釈尊の時代、出家することは、世俗の名誉、名声、利得など一切をかなぐり捨てて、社会の最底辺に置かれた人たちと同じ立場に立ち、
外見や生まれによってではなく、行いによって、最高の清らかさを得る在り方を求めることでした。
一方日本の僧侶は、生活の糧を得るための職業の一つでしかなく、その多くが世襲です。

葬式や定期的な法要で収入を得、墓地の管理で収入を得、戒名の授与で収入を得、飲酒に妻帯、そこには清らかさの欠片もありません。
葬式も法要も戒名も、釈尊の教えには無かったものであり、寺院が金を儲けて安定的経営を確保するための日本仏教独自のものだそうです。
これだけをとってみても、日本の仏教は釈尊の教えの対極にあることが判ります。

釈尊の教えは、いかに生きるかに関するものでしたので、当然、葬式でお経を読むなどということはあり得ませんでした。
釈尊は、弟子に対して、自分が死んでも供養などにかかずらわずに、正しい目的に向かって怠らず、勤めて、専心するよう説いていました。

釈尊の教えを実践するどころか、理解もしていない日本の僧侶が、臆面もなく、釈尊の教えの漢訳であるお経を、勿体ぶって葬式で読んでいる姿は滑稽です。
檀家制度に組み込まれ、僧侶の読むお経を訳も分からず有難がる檀家は、滑稽を通り越して哀れです。
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