三度めの仕事には週に二日夜勤があった。真夜中頃仮眠部屋に戻ると週間ブック・レビューという番組で村松友視が紹介していたのがこれだった。今どきこんな写真を撮ったりしている人がいるんだという小さな驚きがあった。どこかのライカ本に載っていた彼女の一枚の猫の写真を思い出した。
『初めてライカで写したのは、墓地の野良猫。写真を見てびっくりした。陽が墓石の表面をてらてらと舐めている具合が、よーく写っていたのだ。墓石の陰から覗いている猫の毛の具合も、いい感じ。うわあ、この機械は写真が上手いなあ、すっかり感心し、カメラに感謝した。・・今使っているライカM2は、1958年に製造されたらしい。これより古いもので、いまだに使っているものがあるだろうかと家の中を見回してみたら、この私しかいなかった。』
このクスッとさせるところが花さんの優しさというか読者へのサービスなのだ。
人には人にいう程のことでもないことがあり、写真も人に見せるほどでもない写真がある。うまく撮れればそれにこしたことはないが、要はいいなアと感じたものがそのとうり写っていればそれでいい。客との応接でいらだっていた頭のなかでそんなことをつぶやきながら頁をめくっていた。
母堂百合子さんのエッセイ集『遊覧日記』の冒頭にある『浅草花屋敷』もしみじみとしたいいものである。