出版社/著者からの内容紹介
この本は、介護の極意が書いてあるわけでも、マニュアルや教科
書でもありません。ただ、介護の現場で働く私たちが「関わり」というケアをど
んなふうに楽しんでいるか、そのヒントが隠されている本です。
書でもありません。ただ、介護の現場で働く私たちが「関わり」というケアをど
んなふうに楽しんでいるか、そのヒントが隠されている本です。
内容(「BOOK」データベースより)
痴呆ケアの極意なんてないんだな―この事業所では、利用者とスタッフが「ケアする側―される側」を超えて、相互につながり合っている。ときにはその立場が逆転してしまうことも…。
内容(「MARC」データベースより)
この事業所では、利用者とスタッフが「ケアする側-される側」を超えて、相互につながりあっている。ときにはその立場が逆転…? 木造の地味なデイケア施設「いずみの杜診療所」で働く著者たちが、自分たちの介護を振り返る。
著者からのコメント
この本の第3章、第4章とあとがきを担当しました斉藤佳世で
す。私は、ありがたいことに、本全体の構成を編集部の方とさせていただきまし
た。せっかくなので、編集の裏話を書きたいと思います。「介護道楽・ケア三
昧」には、個性たっぷりの年寄りが数々登場しますが、原稿を書いていく中で、
私たちが「いっぱい動いてしまうAさん」と書くと、編集部から「重度認知症で
徘徊をする人」に直されて返ってきました。それで、また原稿を「いっぱい動い
てしまうAさん」に直して出すと、今度は「重度の認知症ではないのですか?」
という質問付きで返されてきます。さすがに2度、3度繰り返されると「いやー
確かに、認知症なんだけど...ちがうんだよね」と私。
実は、この本を書くにあたって一番苦労した点は、こういった年寄りをあらわす
表現(ニュアンス)です。本として世の中に出すからには、一般の方が読んでも
わかるものでなければならないし、かといって、私たちが常に「個性があって」
とか「相当動いてくれる」と言っている年寄りを「重度認知症の人」で一括りに
はしたくない。これでは、どう困らせてくれるのかがイメージできないではない
かと。けれど、実はこの感覚こそ"面白い"と思った私は、何人かのスタッフを
捕まえて、「AさんとかCさんみたいな人を俗になんていう?」と聞いてみまし
た。するとスタッフは、「そりゃAさんはAさんだし、CさんはCさんじゃないです
かね?」「それとも、初めて来る日の申し送りなんかは、すごい人とか、超元気
とか...アレ?うちらの表現って品祖ですかね(笑)?」。こう答えたのは一人
や二人ではありません。「重度認知症」と言われて、「あ、そういえばそうだっ
た」というくらい病気や障がいは表立つことではなく、みんな「Aさん」「Cさ
ん」として付き合っているということでしょう。同じ感覚を持つ仲間に内心ホッ
としました。そんなふうに、自分たちの感覚を楽しみながら書けた本です。
す。私は、ありがたいことに、本全体の構成を編集部の方とさせていただきまし
た。せっかくなので、編集の裏話を書きたいと思います。「介護道楽・ケア三
昧」には、個性たっぷりの年寄りが数々登場しますが、原稿を書いていく中で、
私たちが「いっぱい動いてしまうAさん」と書くと、編集部から「重度認知症で
徘徊をする人」に直されて返ってきました。それで、また原稿を「いっぱい動い
てしまうAさん」に直して出すと、今度は「重度の認知症ではないのですか?」
という質問付きで返されてきます。さすがに2度、3度繰り返されると「いやー
確かに、認知症なんだけど...ちがうんだよね」と私。
実は、この本を書くにあたって一番苦労した点は、こういった年寄りをあらわす
表現(ニュアンス)です。本として世の中に出すからには、一般の方が読んでも
わかるものでなければならないし、かといって、私たちが常に「個性があって」
とか「相当動いてくれる」と言っている年寄りを「重度認知症の人」で一括りに
はしたくない。これでは、どう困らせてくれるのかがイメージできないではない
かと。けれど、実はこの感覚こそ"面白い"と思った私は、何人かのスタッフを
捕まえて、「AさんとかCさんみたいな人を俗になんていう?」と聞いてみまし
た。するとスタッフは、「そりゃAさんはAさんだし、CさんはCさんじゃないです
かね?」「それとも、初めて来る日の申し送りなんかは、すごい人とか、超元気
とか...アレ?うちらの表現って品祖ですかね(笑)?」。こう答えたのは一人
や二人ではありません。「重度認知症」と言われて、「あ、そういえばそうだっ
た」というくらい病気や障がいは表立つことではなく、みんな「Aさん」「Cさ
ん」として付き合っているということでしょう。同じ感覚を持つ仲間に内心ホッ
としました。そんなふうに、自分たちの感覚を楽しみながら書けた本です。
カバーの折り返し
この事業所では、利用者とスタッフが「ケアする側−される側」を
超えて、相互につながり合っている。ときにはその立場が逆転してしまうこと
も...?!
超えて、相互につながり合っている。ときにはその立場が逆転してしまうこと
も...?!
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
山崎 英樹
1960年生まれ。岩手県出身。東北大学医学部卒業。同大学病院、三枚橋病院、国立南花巻病院(神経科医長)を経て、99年仙台市に「いずみの社診療所」を開設。現職:清山会グループ代表(医療法人社団清山会理事長、社会福祉法人すばる理事長、医療法人社団眞友会理事長)。いずみの社診療所医師。みやぎ宅老連絡会監事、認知症介護研究・研修仙台センター専門委員、日本老年精神医学会指導医、医学博士(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1960年生まれ。岩手県出身。東北大学医学部卒業。同大学病院、三枚橋病院、国立南花巻病院(神経科医長)を経て、99年仙台市に「いずみの社診療所」を開設。現職:清山会グループ代表(医療法人社団清山会理事長、社会福祉法人すばる理事長、医療法人社団眞友会理事長)。いずみの社診療所医師。みやぎ宅老連絡会監事、認知症介護研究・研修仙台センター専門委員、日本老年精神医学会指導医、医学博士(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
抜粋
僕たちは、木造2階建ての地味なデイケア診療所で働いている。敷
地には二棟のグループホームと小さなデイホームもあるので、利用者と職員を合
わせれば、日中はたぶん100人以上が、あちこちで、それぞれに、うごめいて
いる。言われてみれば、たしかに市場の雑踏みたいだ。雑踏には、いろいろな人
がいる。秩序には馴染まないお年寄りや若者(職員)が雑踏という場の寛容さ
に包まれながら、てんでに過ごしている。家庭的で穏やかな笑顔に囲まれなが
ら、というまぶし過ぎる幻想は、ここでは通用しない。険しい顔も、気だるい
顔も、これはどうかと思うような歌声に包まれながら、骨太の優しい現実に護ら
れて、何をしても、何があっても、自由だ。その自由が、本当の安心で人を満た
す。(省略)外来の待合室には、併設のデイケアから雑踏の喧騒が漏れてくる。
お年寄りがふらりとやってきて穏やかに一周することもあれば、若者(職員)が
お年寄りの後を、「付いてくるな」と怒鳴られながら、ドタドタと駆け抜けてい
くこともある。待合室の人たちも慣れたもので、なかにはデイの敬老会にエレク
トーン演奏や日本舞踊を披露してくれる人もいる。自殺願望に憑かれた青年は、
あるとき「この待合室の居心地がいい」と言った。雑踏の寛容さに癒されるの
は、デイケアのお年寄りだけではない。
地には二棟のグループホームと小さなデイホームもあるので、利用者と職員を合
わせれば、日中はたぶん100人以上が、あちこちで、それぞれに、うごめいて
いる。言われてみれば、たしかに市場の雑踏みたいだ。雑踏には、いろいろな人
がいる。秩序には馴染まないお年寄りや若者(職員)が雑踏という場の寛容さ
に包まれながら、てんでに過ごしている。家庭的で穏やかな笑顔に囲まれなが
ら、というまぶし過ぎる幻想は、ここでは通用しない。険しい顔も、気だるい
顔も、これはどうかと思うような歌声に包まれながら、骨太の優しい現実に護ら
れて、何をしても、何があっても、自由だ。その自由が、本当の安心で人を満た
す。(省略)外来の待合室には、併設のデイケアから雑踏の喧騒が漏れてくる。
お年寄りがふらりとやってきて穏やかに一周することもあれば、若者(職員)が
お年寄りの後を、「付いてくるな」と怒鳴られながら、ドタドタと駆け抜けてい
くこともある。待合室の人たちも慣れたもので、なかにはデイの敬老会にエレク
トーン演奏や日本舞踊を披露してくれる人もいる。自殺願望に憑かれた青年は、
あるとき「この待合室の居心地がいい」と言った。雑踏の寛容さに癒されるの
は、デイケアのお年寄りだけではない。