一ヶ月間の日雇い体験ルポだがこれがもう凄い。社会の暗部をえぐるというキャッチコピーに恥じない出来。
技能も経験も身につかない、未来も希望もない低賃金生活の恐ろしさがこれでもかと書き込まれている。一度そこにはまったらはい上がれない蟻地獄。しかもその落とし穴は、会社から解雇されたら、倒産したら、すぐそばにぽっかりと開いているだれにとっても最も身近な地獄なのだ。
ネットカフェ生活。空き缶拾い。マクドナルド難民。これはもう,ホラーを超えている。
しかしなにより驚かされるのは,著者の無情な筆致である。作業場で見かけた障害者らしき労働者をを執拗に罵倒したあげく「人生終わってる」としめくくり、宗教の勧誘にきた若者をあしざまに恫喝してみせる。
そこに社会的弱者への共感は微塵もなく,弱い者をなぶることへの恥や良心の呵責はいっさいない。
軍事心理学者グロスマンは「戦争における人殺しの心理学」で社会には一定数,他人への良心や共感を一切欠いたサイコパスと呼ばれる生まれついての殺人者がいると書いたが,その文言が頭をよぎった。
社会問題への警鐘を鳴らすでもなく,考察の幅を社会や時代や経済に向け,解決策を模索するわけでもない。
恵まれた安全圏からいたずらに暗部を覗き込み、底辺で必死に生きる人々をネタに自分の金もうけに結びつける悪趣味さ、下劣なハイエナぶりは、弱者への共感によって作品が成り立つ小林多喜二やスタインベックのそれとは真逆の感性であり、新しい。
全編に貫かれる見世物小屋感覚は徹底されたものがあるが,見世物芸人とちがってネタに使われた労働者層にはギャラさえ出ていないのだから,報われない。見世物小屋を必要悪の施設として娼館に喩えるならば、本書でやってることはもはや一方的なレイプである。
しかしこういった書き手の感性は、図らずも現代人の感性を雄弁に代弁している。
少年層がホームレスに火をつけたり叩き殺したりという凶悪事件は後を絶たないが、分別あるべき年長者がこの具合ではそれもむべなるかなである。
倫理や道徳は力を失い,金のある人間は金のない者を人間扱いすることさえない。
日本にはびこるこの冷酷非情な拝金主義こそ、まさに現代社会の真の暗部といえるのだ。
一億総サイコパス。
背筋がうすら寒くなる、歴史的悪書である。