かれは同時代に、ほとんどじっさいに接した人々のあいだにしか知られなかったし、知られないように振舞った非僧非俗の風態をとった念仏者だった。だがかれが人格的な雰囲気と口調によって伝えたものは、比類のないほど巨大な独自な思想であった―吉本隆明『
最後の親鸞』(ちくま学芸文庫)
来年(2012年)、浄土真宗系では親鸞上(聖)人の「750回大遠忌」を迎える。その親鸞上人をめぐっては、たとえば、作家の五木寛之さんが新聞紙上で親鸞上人に係る大河小説を連載中で、同じ作家の
故・立松和平さんや哲学者の
梅原猛さんと対談したりなどしているが、吉本隆明さんの「親鸞」とは如何なるものであろうか…。吉本隆明さんといえば、作家の“よしもと(吉本)ばなな”のお父さん、と思い至る人(特に若い人)は相当な“通”かもしれない。しかしながら、私が学生の頃、《吉本隆明》という名は、高橋和巳などと並んで独特の響きと重みを持っていた。
だが、私にとって《吉本隆明》という名は、社会へ出ると同時に、記憶の片隅に追いやってしまった。その吉本さんの家が先ず、我が家と同様、浄土真宗本願寺派(お西)であること、次に、戦後の思想界に小さくないインパクトを与えた在野の“知の巨人”が語る「親鸞」論とは如何なるものか、興味を抱かざるを得なかった。そして、本書等を玩読しての感想は、「さすが吉本隆明!」というものであった。端的に言って、吉本さんの「親鸞」観は、以下の言葉に凝縮されている気がする―「この人(親鸞)は、宗教家というより、思想家と言ったほうがいいのではないか」(p.98)
如何にも吉本さんらしい“読み込み”の結果だ。「親鸞」という名は、当書によれば『浄土論』を著した浄土門の創始者=インドの世「親」(天親)と、『浄土論註』を書いた中国の曇「鸞」から取ったものらしい。だから、親鸞上人は「自分が浄土宗の最後の人だという自覚」(p.48)があったと、吉本さんは推断する。ただ、こういった解説に終わらないのが吉本さんで、「往相(オウソウ)」「還相(ゲンソウ)」などの思想的な解釈に吉本さんの真骨頂がある。このあたりの展開が少し判りにくく、これまた“吉本的”ではあるのだけれど、そうした点に「思想家・親鸞」を見たのはさすがだ。