さて
貴方が”日本の”武道を修行されているとして次の質問に答えられるだろうか。
1)道場の語源は何か。其処に神棚を祀る事が当たり前と為る風潮はいつ頃からか。
2)剣道でよく云われる右起左座はいつ頃からの事か。
3)正座における礼式が流布するのはいつ頃からか。
4)現在の武徳殿の形式はいつからか。その特徴は何か。
5)剣道や柔道の稽古着が現代の様になるのはいつ頃からか。
目先の競技に勝つには必要の無いように思える上記の様な例が既に現代日本武道の問題点を考える資料となる。
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われわれはよく、「歴史」とか「伝統」とかを口にするが、明治期に成立した近代武道すら十分に検証されていないのが実情である。この日本の地に脈々と受け継がれ、豊富に存在する柔術をはじめとする武術・武道文化の地下水脈(資料)を十分にいかしきっていないことに問題があるのである。 ―武道の再生に向けて―
「武道は、日本の伝統文化であり、世界に誇るべき素晴らしい物だ」と、よく耳にする。それならば、日本人が武道をよく理解し、武道の何が世界に誇るべき伝統なのかを説明できるかと言えば、実に心もとないのである。このことは、武道を専門とする武道人が啓蒙を怠ってきたからというだけではない。もともと、日本人の性向として自分達の歴史や文化を厳密に究明しようとしないことに端を発しているように思う。「武道は日本の伝統文化である」という美名の下で、思考停止に陥っていただけなのかもしれない。 ―あとがき―
私が日頃お世話になっている『剣道事典―技術と文化の歴史―』の著者が世の日本の武道家に問う。
平成12年のシドニー・オリンピックの柔道の決勝の際の誤審は私の記憶に残っている。まず問題点を”見る目が審判に無かった”背景(文化)から語られる。
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最後に
著者は剣道に軸足を置いておられる様に思われるが柔道等の他の武道、古武術も研究されている。
畑の問題だとは思うが現在剣を主とする形稽古で遊ぶ私からは若干の点で違和感がある。
壱例としては 306頁
「袋しない」の発明により、木刀と違って打突時に「手の内」の衝撃を直に確認できるようになった段階。
・・・→当時は帯刀の時代であり態々竹刀の「手の内」を知る必要は無いと思われ目的が異なる、など。
いずれにしても私はこの著作に学生時代に触れたかった。しかしながら今この労作に出会えた事も有り難く思う。
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剣道を”稽古”する人々を中心に日本の武道を稽古する方々に勧められる。なお稽古をはじめて間もない方には「剣道事典―技術と文化の歴史―」を先に読むことをお勧めする。