冒頭に敗戦で乞食同然の姿で満洲より引揚げて来た綾子が、清冽な仁淀川の水の豊かさを見て、満州の水の汚さ、少なさと対比して感動に立ち尽くす場面は印象的だ。
厳しい父岩伍から逃れたい一心で夫に従い満州に渡ったのだが、引揚げまでの苦労は極限状態で、帰って来て岩伍にもう我儘は言わず何でも働くと誓い、反発していた気持ちに変化を見せる。
だが今度の物語では夫要の実家である山間部の農村が中心となり、田舎の因習の深さとそこで生きる姑いちのたくましさの前では、吹けば飛ぶよな存在である事を思い知る。
良きにつけ悪しきにつけ実の子ではない綾子に、強い影響を及ぼした父岩伍と母喜和だったが、最後には相次いで亡くなると悲しみの後は、呪縛から解き放たれた綾子は伸び伸びと羽ばたける気持ちになる。
「櫂」→「春燈」→「朱夏」→「仁淀川」と続いた綾子が主人公の宮尾登美子の自伝小説はこの先離婚、上京と作家への道が暗示されるが、人の事を書く以上、自分のこともさらけ出さねばという決心で書き始めたという思いが伝わり、綾子の更なる物語を期待してしまったのは私だけだろうか。