著者は古代ローマ史が専門で,この本はそれから大分離れている.そのせいか,妙に安定感がなく,叙述もかなり怪しい.第一に,メソポタミア文明をシュメル文明と呼ぶのはおかしい.この文明のパイオニアを務めた人々は正体不明で,非セム系の孤立した言語を用いた.何人で何語か分らないので,とりあえず後を継いだアッカドの王のタイトルからシュメルの名を拝借してシュメル人,シュメル語と名づけたのだ.後継者たちはセム語を用いたので,別に人種のるつぼ状態を呈したわけではない.エジプトについても,怪しい.武力がまるで駄目だ,とあるが,世界最初の国際和平文書の存在で有名なカディシュの戦いでラムセス II 世はヒッタイト帝国に勝たなかったけれど負けもしなかった.この戦場はいまのシリアにある.3千年間何も変らなかったとして逃げ出すのは無責任である.アルファベットはメソポタミア文明起源であるが,古代エジプト文明が残した宗教的,精神的遺産はギリシャ,ローマに大きな影響を与えた筈で,その重さを過少評価するのは歴史家として損ではあるまいか.このような点から見て,この本は感心しない.