本来、人間の救済や解放を目指していたはずの宗教(とくに一神教)が、
むしろ人間を抑圧し、世界平和を妨げる最大の要因になっていること、
また、つねに「仮想敵」を想定せざるを得ない構造を持つ一神教よりは、
多神教的なメンタリティーこそが、今後は求められるべきということについては、
すでに同様の議論がなされてもいるし、基本的に同意できる。
ただ、必ずしも多神教ばかりが良いわけではなく、
そこからさらに「無神教」に進むべき、とする理由として、
「多神教たる仏教にも、激しい宗派対立が存在する」
という事実が挙げられるのみでは、完全に説明不足だと感じた。
その直後の部分では、「無神教」のエッセンスを語る教えとして、
華厳経の「四種法界」の思想が、唐突に引用されているのだが、
多神教である仏教一般と、その教えの一つである華厳経が
具体的にどう違うのかはさっぱりわからないままだし、
全く背景の異なるアーミッシュが「事事無碍法界」を実践していた、
とするあたりにも、やや大風呂敷が過ぎるという印象を受けた。
また、ところどころ記述がひどく粗いことも、やはり気になった。
曼荼羅とインダラ網についての説明がなされたあとで、
「ところで最近、日本人技術者が超精密大気汚染測定器を開発したが、
それによれば地球の反対側で有毒ガスが発生しても、日本で感知できるそうである。
インダラ網は、古代インド人の想像の産物ではなく、現実だったのである」(p.177)
という一節が差し挟まれているが、これではほとんどトンデモ本のレベルである。
同様に、ユング心理学の基本的概念についての説明の直後に、
「本書を見つけて購入し、呼んでくださっている読者は、
個性化過程の中で、私の魂と「一なる世界」で共鳴し、
本書が目にとまって手にするという共時性があったわけである」(p.179)
という記述が続くのには、正直、なんだかなぁ、と思ってしまった。