映画化するということで再々読。
主人公の中に強度の対人恐怖と境界例的な
パーソナリティの滞りが見てとれます。
それゆえ人生に溺れてしまい、堕ちてしまうのです。
それが悪いわけではありません。
それがこの作品の大きなテーマなのです。
主人公・葉蔵は太宰治自身の投影だと言われています。
とても生きづらかったでしょうし
癒されることのない人生だったでしょう‥。
その生きづらさをメインに据えて
最後までぶれることなく懊悩する心情に焦点を絞り込んだ、
構成力の巧みさに注目して下さい。
当時の作家や評論家に太宰は女しか書けないと批判されたことへの
アンチーテーゼとしての反骨精神。だからこそ、
ネガティブなドンファン(色男)を書きたかったという、
太宰の苦心した様子がうかがえます。
30年経って読み返した今、彼を否定していた自分を恥ずかしく思います。
この作品からほどなくして入水自殺してしまう太宰治の集大成。
相当なエネルギーを要して、苦しみぬいて出来あがった作品でしょう。
強烈なタイトルと共に後世に残る力量を感じます。