昭和期を代表する文芸評論家の一人である氏の、評論の代表作といえる作品である。
氏にはシェイクスピアの翻訳を中心とした演劇関係の業績も多いが、本著は「演ずる」ことをテーマに、
文芸・演劇評論から文明論へとその視野を一気に飛躍させた論陣を展開している。
そこには、自由と平等、人権といった近代的諸価値、あるいはヒューマニズムとは全く異なる立場からの、
「演劇」=「擬制」としての人間社会、なかんずく人間存在への理解が貫徹されており、
戦後社会を支配した諸価値に対する強烈な懐疑と抵抗が敢然と示されている。
この様なささやかな文庫には収まりきらない叡智の塊が垣間見える一作であり、
是非ともこれを機に、氏の言論に一つでも多く触れてほしいものである。
唯一残念なのは、現代語表記になっていること。
戦後改革、特に国語「改革」を徹底的に批判した氏の文章は、やはり正字正仮名で書かれてこそ、
故人の真意に適うと思うのだが、如何だろうか。