ナチス台頭の時期、ユダヤ系の人々やトーマス・マンなど当初から危険性を認識した人々は亡命の道を選んだが、フルトヴェングラーは最後までドイツに留まる道を選んだ。彼にはユダヤ人差別の意識は毛頭ないし、ユダヤ系作曲家ヒンデミットに対するゲッペルスの批判に抗議したり、ナチス政権のなかで優秀なユダヤ系音楽家が安全に亡命できるように便宜を図ったくらいである。しかし戦後マンやトスカニーニなどによって「ナチス協力者」のレッテルを貼られてしまい、現在も彼を誤解している人は多い。フルトヴェングラーは純粋な芸術者堅気の人で政治意識がなく、ナチスに対する認識が甘かったのは事実である。しかし本書は巨匠が音楽家の良心に基き、真正面からナチスと戦った事実を伝えてくれる。亡命した人は「ナチスから逃げた」と後ろ指を刺され、ドイツに残った人は「ナチス協力者」の烙印を押される。本書は、巨匠が過酷な時代に音楽家として取った行動を知る貴重な価値を持つ。