本書は様々な媒体に公表された書評およびエッセイを集めた1冊。多様なカルチャー、サブカルチャーの大海から硬軟軽重、誠に幅広い選択による「本の本」である。
なるほど、凄まじいインプット! そしてそれを軽やかにアウトプットしてみせたのが本書というわけで、四方田の良い読者とはいえない評者には判らない面もあるが、なるほど「大衆文化論者の成れの果て」というような感想もあるのか。
しかし、それでも本書を擁護したいのは、エミール・ハービビー著『悲楽観屋サイードの失踪にまつわる奇妙な出来事』といった奇作を知り得たのは、四方田が「週刊読書人」(初出)の書評で紹介してくれたからである。ポール・ボウルズだって四方田が精力的に取り上げなければ、決して作品集が翻訳されることはなかっただろう。こういう紹介者には敬意を払うべきである。ボウルズの『シャルタリングスカイ』は、映画化されたことに伴って文庫でも刊行されはしたが・・・。考えてみれば、あの頃までの日本の出版業界は志があった。
しかし、ビートたけしがボウルズを「偽者」呼ばわりした(ブコウスキーをもちあげるため)こともあってか(?)、その作品集は早々に店頭から消えていった。ボウルズは大作家ですよ。評者が言うまでもないが。
『人間を守る読書』というタイトルについては、前書きでも述べられているとおり、ジョージ・スタイナーの『言語と沈黙』のなかの言葉である。この文芸批評の金字塔のなかの言葉は、批評の使命を端的に示す。「人間を守る」読書、書物の擁護、翻って「人間を破壊する」活動・宣伝への糾弾。
本書に取り上げられる書物はあまりに幅広いために、評者にはとてもその全てを評価することはできない。
が、少なくとも、どの批評も「人間を守る」側の言葉だと思われる。
ヴァレリー・ラルボーの「罰せられざる悪癖」としての読書の位置を、一歩踏み込んだ境位にまで引き上げている面もあろう。その悪癖が「人間を守る」というマニフェストでもあろう。
三島由紀夫に対する高評価などは、違和感を感じるところも少なからずあるにしても。