各巻、1冊ずつレビューしてきましたが、ようやく最終巻。
この下巻では、生得的なさまざまな人間本性が存在するという立場から、政治・暴力・ジェンダー・子育て・芸術の5分野について論じます。ここでも議論は論争的で、つねにタブラ・ラサ説の主張を視野に置きつつ、主に進化心理学の立場からそれに反論し、時に嘲笑を投げかけながら自説を展開していきます。最後の第VI部は、5つの文学作品からの引用に絡めて人間本性の諸様相を語ることで締めくくられます。
私としては、やはり子育てについて論じた章がもっとも刺激的でした。進化心理学的な統計の意味合いをどう受け取るかで、かなり微妙な面もあるようですが、要するに親はどうあがいても子供のパーソナリティーに影響を与えることはできない! という話です。まあ、よく考えれば、操作できるほうが怖いんですけどね。
しかし私としては、やはり著者の主張を丸呑みはできないな、という感想を持ちました。タブラ・ラサ説の誤りはそのとおりだろうけど、ピンカーの議論もかなり大風呂敷のように思います。ここではそれを検討できませんが、とにかく上巻の分子レベルの話から下巻の心理学的レベルまで、広範囲の議論がめくるめくような華麗さで展開される中、タブラ・ラサ説攻撃が執拗なのに比して、自説のポジティヴな展開はかなり冒険的ではないかという印象です。
ただし、タブラ・ラサ説の粉砕というだけでも、この本の意義は大きいと思います。まともに受け止めれば、深刻な問題が山ほど発生するはずですが、さて、私たちはこれをエンタテインメント的に消費する以上のところに踏み込めるのかどうか・・・