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人身御供論―通過儀礼としての殺人 (角川文庫)
 
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人身御供論―通過儀礼としての殺人 (角川文庫) [文庫]

大塚 英志
5つ星のうち 4.2  レビューをすべて見る (4件のカスタマーレビュー)

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商品の説明

出版社/著者からの内容紹介

人は大人になるために〈子供〉を殺さねばならない。

「赤ずきんちゃん」「遠野物語」から「鉄腕アトム」「タッチ」「めぞん一刻」まで、ビルドゥングス・ロマンにおける成熟のための通過儀礼にあらわれる「殺人」を解読し、その継承の道筋を明らかにした衝撃の書!!

内容(「BOOK」データベースより)

村を救った猿神のもとへ輿入れした少女が、夫を殺害して村に戻ってくるという昔話「猿聟入」。そこで語られた供犠と異類殺害の物語は、その後のマンガ、小説、映画などにも繰り返し現れてくる。過去の民話と現代のサブカルチャーを通庭するものは何か。そして、その背後にひそむ通過儀礼の真の意味とは?「遠野物語」「赤ずきんちゃん」から「タッチ」「ホットロード」「めぞん一刻」まで、「民俗学者」大塚英志が縦横無尽に分析した、渾身の物語論。

登録情報

  • 文庫: 264ページ
  • 出版社: 角川書店 (2002/07)
  • ISBN-10: 4044191115
  • ISBN-13: 978-4044191115
  • 発売日: 2002/07
  • 商品の寸法: 14.6 x 10.6 x 1.4 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.2  レビューをすべて見る (4件のカスタマーレビュー)
  • Amazon ベストセラー商品ランキング: 本 - 239,737位 (本のベストセラーを見る)
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形式:文庫

著者は、共同体が崩壊し通過儀礼が不可能になった近代においては、「成熟」ということが非常に困難になる、その中でいかにすれば「成熟」は可能かという問題意識からスタートします。そして個人が成熟するために通過儀礼に代替するものとしてビルドゥングス・ロマンという物語形式に注目し、いかなるビルドゥングス・ロマンが可能かを探るため、『タッチ』などのコミックを対象にプロップのような形態学的分析を行い、物語構造の抽象を行います。その際に重要なモデルになるのが昔話『猿聟入』で、著者は現代のサブカルチャーの中のビルドゥングス・ロマンに、『猿聟入』と同じ物語構造を見出します。そして、形態分析のあと、『猿聟入』型の物語構造が個人を成熟させる可能性をもつと結論します。

本書は形態分析のパートは興味深かったのですが、結論部分で不明瞭な印象を拭えませんでした。というのもキー概念である「成熟」の規定が明確でないため、結論がぼやけているのです。ムラ社会においては、ムラの再生産の要請に従ってムラと一体化し、社会的役割を果たすようになることが成熟だと理解できますが、近代における成熟とはいかなるものか、本書は必ずしも明らかにしていません。

また著者は、国家に同一化するかたちでの成熟ではなく、個としての成熟の大切さを述べますが、個としての成熟がいかなるものかについても言及はありません。おそらく、形を変えて次々に訪れる現実を受けとめることが、近代における成熟と何らかの関係があるのでしょうが、「成熟」という概念の説明に一つの章を割くべきだったのでは。

批判的なことばかり述べましたが、本書は荒削りながらも相当にエキサイティングな本で、いたるところに重要な論点が潜んでいます。熟読すれば必ず得るものが有りますし、著者の自己言及が多いため他の著作を理解する際の助けにもなります。

このレビューは参考になりましたか?
5 人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By 香桑 トップ500レビュアー VINE™ メンバー
形式:文庫|Amazonが確認した購入
なぜ、大人になることはこんなにも難しいのか。

大人になるとはどういうことか。どうやったら大人になれるのだろう。

大塚が過度に心理学的・精神分析的になることを自制し、物語の構造を読み解く作業に専念している様子に好感を持った。この作業過程が面白い。

通過儀礼を支える物語を失った社会においては、通過儀礼によって成熟することは難しい。近代社会において加入儀礼を無理に描こうとすると、生からの離脱、すなわち、犠牲死の主題を増幅するという指摘が興味深い。

だからといって、国家の成熟と個人の成熟はべつもので、国家の成熟に同一視して個人の成熟を図るのではなく、成熟を拒絶・放棄して未成熟に留まるのでもなく、モノや物語を移行対象として消費しつつ、他者と折り合い、自分の居場所を見つける岐路を、大塚は示そうとする。

目次に並ぶマンガのタイトルを見て、あまり期待はしないで読んだところ、ウケ狙いどころかとても真面目な内容だった。
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14 人中、12人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
皮よりあんこ 2004/7/29
形式:文庫
著者はきっと、呉智英の良き読者ではない。また重複する内容が多く、序章と終章、あとは香山リカの解説があれば、テーマを理解するには事足りる。

 現代の日本において、個人が国家という大きな物語に頼らず成熟するには、何をテコにすればよいのか。著者は「物語中の通過儀礼」に注目し、本書は始まる。

 著者は婉曲的に、通過儀礼が構造として組み込まれている物語がよいと主張しているかにみえる。しかし、この評価軸は(例えばマルクス主義がプロレタリア文学のみを賞揚するがごとく)ある種の偏狭さを免れない。

 そして、「物語中の通過儀礼」は、失われた「通過儀礼」の代替機能を全うするのではなく、「枠組みとして援用される可能性は十分ありうる。(序章)」と述べるに留まり、説得力が弱い。

 ところがである。民話の解釈をベースに人身御供、通過儀礼、移行対象論を組み合わせたり、ときほぐしたりしつつ、サブカルチャーの物語構造をあぶり出すという本書の過程は、スリリングで面白い。この面白さが本書の白眉である。少なくとも香山リカをして「驚きを禁じ得ない」といわしめる程度のものはある。

 したがって本書は、いかに成熟すべきかというテーマよりもむしろ、どのように成長の物語(ビルドゥングス・ロマン)が紡がれてきたかを分析する作業の妙味にこそ評価すべき点がある。著者の主張に組みしない者であっても、何故か楽しめる不思議な本なのだ。実は本書の成り立ちは、コアの分析作業が先にあり、そこから何を汲み出すべきかという規範的フレームの取り付けは、後付けで行われている。それが不味い皮であるなら、捨てて中身だけを味わおう。

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