星槎国際高等学校は、二人の息子の母校です。
初めて学校に行ったときはびっくりしました。まるで喫茶店の跡に入居した感じだったからです。小さなドアを開くとすぐ左に職員室があり、いつもドアが開いていました。そして2Fにあがると左にまた職員室があります。右には教室、職員室の横にある階段を上ると3つの教室がある。学校らしくない学校・・・これだけではありません。子どもたちは休み時間になると職員室に自由に出入りし、先生達と話をしたり、友達とじゃれあっています。更に漫画を読む子、ゲームをしている子もいます。
子どもたちの顔には笑顔が・・学校生活を楽しんでいる姿があるのです。
この星槎は宮澤氏が軽い気持ちで始めた塾が前進です。ずーっと知りたかった星槎が出来るまでがここに書かれています。
まだ学習障害や注意欠陥多動症などの発達障がいを誰も知らなかった時に、そんな子どもたちの居場所を作ったのです。
星槎には3つの約束がある。
人を排除しない、人を認める、仲間をつくる
星槎に入ってくる子どもたちの殆どが発達障害系です。皆と同じ事が出来ない子どもたちは、自分を責めます。
どうして自分は皆と同じことが出来ないんだろうって、でも星槎はみんな違っていて良いんだ。出来ないことは出来ることで補おう。みんな仲間、決して一人じゃないということを教えてくれます。
お金もバックも無い、そんな一人の男が「一緒に楽しめる学校を作りたい」とう情熱だけで様々な壁にぶつかっていく。
幼稚園を作るためにやくざとの攻防戦もあった。止むこと無かった誹謗中傷、それでも学校づくりをあきらめなかったのは子どもたちとの約束があったから、どこにも行けない子どもたちに居場所を作ると約束したから何があっても諦めなかった。
今、北海道から沖縄まで全国に16ヶ所に学習センターがあります。横浜の鶴ヶ峰にあるおじさんの経営する幼稚園の一室を借りて始めた「鶴ヶ峰セミナー」、たった2人から始まった。
塾に入る前に子どもたちがどれだけ理解しているのかを把握するためにテストをした。これは今のIEP(個別指導計画)の原版。
この塾は出入り自由、今の星槎の職員室がそうである。
塾の先生も生徒も毎日が楽しくって仕方なかった。しかし、次第に人数が増え、幼稚園に迷惑を駆けてしまうことになる。そこで宮澤氏は自分が住んでいるアパートの部屋を塾にした。
しかし、近所からの苦情もあり、いよいよ限界。近くに良い物件は無いものかと思案していた、しかしお金のない若者に塾を立てるお金など無い。
この辺から宮澤氏の子どもたちとの約束の為に苦労が始まる。
熱い思いだけで学校が出来れば苦労しない。しかし、その熱い思いで宮澤氏は沢山の方達の支援を受けて子どもたちの居場所を作っている。
星槎で仲間を見つけ、自分を表現できるようになった息子達を見ると感謝でいっぱいになりました。