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人格障害には光と影の部分があるとし、影の部分として宅間守や麻原晃光などの凶悪犯がそれぞれどのタイプの人格障害に当たるかを示していますが、光の部分(創造性発揮につながったケース)として、尾崎豊、太宰治、三島由紀夫を挙げています。例えば尾崎豊は、境界性人格障害による強度の見捨てられ不安だったと。ただこの3人の最後を考えると、自分は人格障害かも知れないと思っている人は喜んでいいのかどうか。“光の部分”の例としてはどうかという気もするし、こうした実在者への当て込み自体がかなり主観的であると感じました。このことは、実際の診断において医師の主観が入ることを示しているとも思いました。
人格障害の症例や診断基準などが詳しく挙がっているが、そうしたものは他の本にも載っているので、人格障害について何冊も読んでいる人には目新しいものではないだろう。
そんなことは購入前にざっとでも目次を立ち読みすればわかるのだが、それがわかった上であえてこの本を買ったのはタイトルにある「かもしれない」ということばのせい。
何となく、「自分は人格障害なのか」という問題意識を持った読者向けに書かれた本であるように思えたのである。
残念ながら果たして自分が人格障害かどうか明確に判定する方法についてはこの本では書かれていない。結局その判定はプロである医師に任せろということなのか。
人格障害に関心を持つひとの多くは、自分もそれにあてはまるのだろうか、という疑問を日々持ったまま暮らしていることだろう。そうした疑問に応える本が現れることを期待したい。
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