ストーは、個人が己の人格をあますことなく実現した最も個性的かつ統合された状態を、人格の終極的な目標と見なし、かかる成熟への過程を「自己実現」と名付けている。
著者はフロイド、クライン、ユングの誰にも偏らず、彼ら以降の学問的成果を取り込みつつ、科学的考察をこの本で展開している。
さすがに欧州で何十年も読み継がれてきた本だけあって読みやすい。
人格の完成は、対人関係の成熟によって特徴づけられている、というのが本書の中心テーマの一つである。
どんな人間でも、 自分の情緒的な孤独を甘受しながら、なおかつ己の人格を無傷のままに保つことなどできない。
その自己実現の過程の一部は、無用となった、親との関係で、部分的に「同一化」されたり、あるいは「取り込まれた」様々な信念や態度を捨てることにある。
しかし、それはかなりの不安と抑うつを伴うものであると指摘されている。実際、それはたいへんな道のりになるだろう。
「永遠の仔」は虐待された仔だけではない。
ありのままの自分を受け入れらることがなかった子供たちも、生きのびるために、自分ではないものを自分と偽って身につけるしかなかったのだ。
人格の成熟を阻害し、そのために多大なエネルギーを浪費させている、これらを捨てるためには、自分のことを知らなくてはならない。
しかし、それが難しいからこそ、人生に非常な困難を感じながらも、われわれは、何が自分にとって問題であるかも把握できないでいる。
ストーが検証している、同一化・取り込み・投射・解離・転移等は、読者の見えていなかった「自分」というものを発見させてくれるだけの、
明快さと説得力、そして優しさがある。
実際、2回、3回と読んだが、本書の至る所に、キラキラと輝く宝石がちりばめられているが、ここではその詳細を紹介することができない。
人間というのはいくつになっても成長できる、しかも一つ一つの花がすべて異なっているように、違うものとして成熟していけるということは、
素晴らしいことだと思う。
実際の出版された順序とは反対に、ストーの「性の逸脱」の方を先に読んだが、同書にもまして多々重要なことを学べる一書であった。