今から149年前の1861年2月27日、かつてのオーストリア帝国、現在のクロアチアに生まれた神秘思想家。
といっても、ルドルフ・シュタイナーの間口はとても広くて、えっ神秘思想家?、なんだインチキ霊感商法か、などといって排斥してしまうのにはちょっと惜しい、いや、まさかそんな胡散臭いものじゃないし、それだけじゃないんです。
たとえば先日、いまどき大変な学校の先生志望の大学生の妹と教育心理学の話をしている時、「シュタイナー教育」とか「フリースクール」のことを言ったらそれほど話がすすまなくて、まだまだ一般には知られていないことを改めて痛感しました。
それにしても、私のそもそもシュタイナーとの出会いがいつだったのか?
おそらく、わが愛しの澁澤龍彦の三部作の『黒魔術の手帖』『毒薬の手帖』に並ぶ『秘密結社の手帖』で、聖堂騎士団やら薔薇十字会にフリーメーソン、さらに切り裂きジャックからマルコムXまでが躍動する中にシュタイナーの人智学会が紹介されているのを読んだ時からなのかな。
いえ待って下さい、そうじゃなくてズバリ、日本におけるシュタイナー啓蒙の先鋒であるシュタイナー研究所を主宰した高橋巌とわが師・荒俣宏の『神秘学オデッセイ・・精神史の解読』であり、そしてさらに574頁の大著・荒俣宏編『世界神秘学事典』を飽きずに眺め出した頃からなのかもしれないと思い当たります。
そうでなければ、よしんば最初はたとえ澁澤龍彦経由のヘンテコリンの摩訶不思議な思想家という烙印があったとしても、高橋巌という碩学を通して全方位的なシュタイナー像を知ることによって、私自身が冒頭に述べたような一途な誤解をしなくて済んだ、否、誤解から来る無理解によって貴重な出会いを逃すことがなかった、というべきでしょう。
この本は、人間の普通の五感では物事の表面しかとらえられなくて、人の死後には五感を越えたより高い次元の七つの超感覚(霊的感覚、器官・チャクラ)によって初めて物事の本質的な理解・把握が可能であり、しかもそれは、誰でも潜在的に持っているもので、生存中は瞑想とか思考を訓練・修行することで見出せるけれど、理性的でない感情に左右される神秘主義的な霊媒や降霊術は非科学的でまちがっているとして、あくまでも精神科学として理性にもとづいた科学的な態度・方法によって追求すべきだとした自説を、人智学については1909年に、心智学は1910年、霊智学は1911年の、それぞれ4日間づつの連続講義を紙上公開したものです。
これを読んで、はたしてワクワクするのか、はたまた胡散臭くてウンザリするのか、おそらく大多数の方は理性が邪魔して・・・どうにもならないものを感じられることでしょうか。
記述日 : 2010年02月27日 12:55:30