この作品は山中貞雄の遺作であり、前進座のメンバーを起用した傑作と言っても過言でない(「七人の侍」や「用心棒」の黒澤映画に出ている加東大介が市川莚司という芸名で出ている)。江戸時代の長屋での日常と事件をからませて人間の悲哀を見事に描いている。こんな作品は、最近ではなかなか観られないと思う。
冒頭、長屋の住人の老武士が自殺したことを良いことに、大家から金を出させて葬儀を行いどんちゃん騒ぎを行う長屋の住人と大家を上手く言いくるめる髪結いの新三の語り口は実に軽妙で、まるで古典落語を聞いているよう。
一方、長屋に住む浪人の海野又十郎が父親の知人の毛利三左衛門に仕官を頼むシーンは何とも情けなく、悲哀に満ちている。この軽妙な語り口と悲哀に満ちた語り口の使い分けがこの作品の妙だろう。
ラスト近くで、海野又十郎の仕官が叶わなかったことと、夫が自分に嘘をついていたことを妻が知るシーンは重い一瞬を手紙という小物を用いて見事に描ききっている(若き監督の手腕が現れている)。
新三の粋な行動も最期には全てを破滅に繋がるという語り口も何とも言えない。
山中貞雄という若き天才監督の遺作としてはあまりに悲哀に満ちた素晴らしい作品だ。
★の数は作品評価だが、DVDとしては画像がいまいちで、BSで放送されたものの方が良いのではないかと思える内容なので、DVD仕様としては★1つかもしれないが、この低価格と作品の内容を考慮して我慢するしかないだろう。