「放射線は恐ろしい」というイメージは強いのですが、その一方で、ラジウム温泉など健康増進を謳って利用されていることも事実です。
放射線を浴びた(被曝した)際の健康への影響については2つの説があります。
1つは「放射線の強弱に関わらず、放射線を浴びるほど健康への悪影響が懸念される」という考えで、どんなに弱い放射線でも被曝を避けることが推奨されます。
もう1つは「弱い放射線は健康への影響がない」という考えで、「この程度以下であれば問題がない放射線の強さ」つまり「低量放射線量のしきい値」が存在するという立場です。
いずれが正しいのか、専門家の間でも意見が分かれているのが現状の様です。
さて、本書は副題の「少しの放射線は心配無用」が示す通り、「弱い放射線は健康への影響がない」という立場を強く主張しています。著者は広島原爆投下後に現地の被爆調査を行い、現在も放射線研究を続ける叩き上げの研究者です。
先に書いたとおり判断が難しい2つの立場ですが、本書では広島原爆やチェルノブイリ原発事故に関する調査、自然界の放射線と病気に関する調査などの疫学的調査結果や、被曝した細胞のDNA修復・自滅メカニズムの研究などの生化学的研究成果を織り交ぜ、被曝量にしきい値が存在することを科学的に立証しようとしています。
残念ながら、著者は低量被曝量のしきい値の存在を確信するあまり、調査結果の解釈に偏りが感じられる箇所があります。たとえば「このデータからは被曝量と発症数に関連が見られるが、被曝が原因ではなく、Aという別要因が原因だ」と主張する際、被曝が原因とは言えない根拠となるデータは多く示すけれども、反面、Aを推す根拠となるデータは示さない場合があります。このことは、あまりに著者の信念が強い為に、多くのデータが客観性を逸脱して解釈されているのではないか、という疑いを感じさせる結果となっており、「この本の内容は信用ならない」と評価する方もいらっしゃいます。
私は本書の内容を信用しています。
著者が主張の根拠として示すデータは膨大かつ専門的で、一般読者向けとは思えないほどですが、私はそこに著者の不器用さや誠実さ、熱意を感じます。また、本来無害な強さの放射線に怯えて暮らす人々を悲しむ著者の眼差しに優しさがあります。
そうは言っても、科学的判断の妥当性と著者の人物評価は別物ですから、本書以外の放射線関連情報も調査しました。その結果、決着は付いてはいないものの、これまでの放射線防御の観点から適切なリスク評価の観点への移行に伴い、放射線しきい値の扱い方がクローズアップされてきているようであったため、私は本書に信憑性を感じています。
決して読みやすい本ではありませんが、放射線と健康との関係を考える上で重要な一冊だと思います。
2011/6/5 追記
良書であるのに絶版になっていた「
放射線と健康 (岩波新書)」が再版されたようです。充実かつ読みやすい本書もぜひお薦めいたします。