「レイプ」という単語自体が見るものにある種の目を逸らしたくなるような嫌悪感、あるいは怒りを惹起する。その感情に基づいてがなりたてるだけでは「レイプ」という事象(レイプの至近要因、そして被害後のケア)に対応できないというのが本書の指摘。当書は大きく分けてレイプについての学術的纏めと、進化生物学に関する批判に応えているものの二本立てからなっています。
キーワードは「自然主義の誤謬」「遺伝決定論」「性淘汰」「究極要因と至近要因の混同」です。
「自然主義の誤謬」とは説明することと肯定することを混同してしまうこと、特にこの種の問題では説明をもって肯定していると感情的に批判する人がでてきやすいので冷静にそこは切り離す必要があるということ。
「遺伝決定論」はまさに進化生物学にまつわる誤解そのもの、淘汰は主に環境との関係によって生ずるものであり、遺伝のみで説明がつくほど単純なものでもない。ただ、人も生物である以上遺伝の影響を完全に免れる、あるいはなかったもののごとく扱うというのは問題を解決から遠ざけるのみという指摘。
「性淘汰」ようはレイプは子どもの養育にかかるコストの差によって、男女の互いを求める戦略に差が生じることに由来する(それがそのままレイプを進化論的に生み出すか、その性向の副産物かについての判断は保留)。つまりレイプを廃絶させる方向に淘汰圧を働かせれば解決策が見えてくるという指摘。
「究極要因と至近要因の混同」、人がレイプをするのはむしゃくしゃしたとか、あるメディアに影響を受けたとか、テストステロンといったホルモン分泌によるものといった「至近要因」の分析も必要だけれど、その種の「至近要因」が生まれるに至った「究極要因」から「至近要因」の分析をするという経路を否定してはむしろことの本質を見失い、有効な対策をうてないということがあるという指摘。
といった内容を具体的なデータや実験結果をもって補強していきます。そしてこの種の本としては異例なことに巻末で日本の進化生物学の第一人者であられる長谷川教授がまた別の切り口からのレイプに関する一説を補強しているのが面白いところ。