内容紹介
スターバックスコーヒージャパン創設者・元CEO 角田雄二氏 推薦!
ベストセラー「レバレッジ・シリーズ」著者 本田直之氏 推薦!
銀座1号店オープンとの運命的な出会い。そしてアルバイトから店長、エリアマネジャー、構造改革リーダーを歴任。
今は飲食ビジネスの風雲児として活躍する「伝説のバリスタ」がはじめて語る……
現場発・スターバックス 伸びる人と組織のつくり方
■
スターバックスについて書かれた本は数あれど、日本法人について書かれた本は初めて。
今でこそ全国800店舗、一日40万人が来店する一大ブランドですが、
アルバイト20名でオープンした銀座1号店から現在に至る道のりは、決して平坦なものではありませんでした。
サービスのスタイルや店舗設計、従業員教育など、アメリカ本社の企業理念をベースにしつつ、現場のパートナー(従業員)たちがひとつひとつ手探りしながらつくりあげていきました。
本書は、銀座1号店のアルバイトから現場のトップにまで登りつめた「伝説のバリスタ」が、
さまざまなお客さんとのかかわりや仲間達とのエピソードを通じて学んだ「価値あるサービスの創りかた」を伝授します。
○スターバックス独自の研修プログラム
○スターバックスで最初に学ぶ、3つの「スタースキル」
○「Just say Yes !」のポリシー
○黒石流・チームコミュニケーションの法則
など、現場での体験から導きだされた説得力あふれる内容が満載。
飲食ビジネスやサービス・小売業に携わっている方はもちろん、日々の仕事に悩んでいる若いビジネスパーソンにとってもヒントとなる一冊。
■
個人の成長と組織の成長が結びついたとき、仕事はがぜん輝きはじめます。
そんなスターバックスの急成長時代を、
現場の「僕」の視点から描いた、一風変わったビジネス書です。
ベストセラー「レバレッジ・シリーズ」著者 本田直之氏 推薦!
銀座1号店オープンとの運命的な出会い。そしてアルバイトから店長、エリアマネジャー、構造改革リーダーを歴任。
今は飲食ビジネスの風雲児として活躍する「伝説のバリスタ」がはじめて語る……
現場発・スターバックス 伸びる人と組織のつくり方
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スターバックスについて書かれた本は数あれど、日本法人について書かれた本は初めて。
今でこそ全国800店舗、一日40万人が来店する一大ブランドですが、
アルバイト20名でオープンした銀座1号店から現在に至る道のりは、決して平坦なものではありませんでした。
サービスのスタイルや店舗設計、従業員教育など、アメリカ本社の企業理念をベースにしつつ、現場のパートナー(従業員)たちがひとつひとつ手探りしながらつくりあげていきました。
本書は、銀座1号店のアルバイトから現場のトップにまで登りつめた「伝説のバリスタ」が、
さまざまなお客さんとのかかわりや仲間達とのエピソードを通じて学んだ「価値あるサービスの創りかた」を伝授します。
○スターバックス独自の研修プログラム
○スターバックスで最初に学ぶ、3つの「スタースキル」
○「Just say Yes !」のポリシー
○黒石流・チームコミュニケーションの法則
など、現場での体験から導きだされた説得力あふれる内容が満載。
飲食ビジネスやサービス・小売業に携わっている方はもちろん、日々の仕事に悩んでいる若いビジネスパーソンにとってもヒントとなる一冊。
■
個人の成長と組織の成長が結びついたとき、仕事はがぜん輝きはじめます。
そんなスターバックスの急成長時代を、
現場の「僕」の視点から描いた、一風変わったビジネス書です。
内容(「BOOK」データベースより)
銀座1号店オープンとの運命的な出会い。そしてアルバイトから店長、エリアマネジャー、構造改革リーダーを歴任。今は飲食ビジネスの風雲児として活躍する、あの「伝説のバリスタ」がはじめて語る―。現場発・スターバックス伸びる人と組織のつくり方。
レビュー
著者よりコメント
スターバックスが東京・銀座に日本1号店をオープンしてから、13年が経とうとしています。
今や国内店舗数は800を超え、「スタバ」という略称も、もはや一般名詞のように使われるようになっています。
今ではさまざまなチェーン店で提供されている、エスプレッソにミルクやチョコレートシロップなどを加えて飲む「シアトルスタイル」を日本に広めたのも、スターバックスです。
そんなスターバックスも、最初はアルバイト総勢20名の小さな店から始まりました。
そして、はじめからすべて順風満帆にうまくいったわけではありません。
それまでの日本の喫茶店文化とは一線を画した店舗設計やサービスのスタイル、
従業員教育といったものは、アメリカ本社の企業理念をベースにしながらも、現場のパートナー(従業員)たちがひとつひとつ手探りしながらつくりあげていきました。
「たばこが吸えない」「値段が高い」などといった厳しい意見もいただきました。
上場はしたものの、赤字が続いてピンチに陥ったこともありました。
それらを乗り越えていくのに、魔法のようなテクニックがあったわけではありません。
現場のひとりひとりがお客さんに向き合い、お客さんが喜んでくれるサービスを考え、それを徹底していったことで、
スターバックスジャパンは、今のような状態にまで成長することができたのです。
スターバックスについて書かれた本は、すでに何冊も出版されています。
アメリカの創業者や経営陣によって執筆されたもの、コンサルタントや経済学者による分析本、あるいはスターバックスファンのためのガイドブックなど、切り口もさまざまです。
しかし、スターバックスジャパンという会社について内部の視点から描いた書籍は、私の知るかぎり本書が初めてだと思います。(まえがきより)
スターバックスが東京・銀座に日本1号店をオープンしてから、13年が経とうとしています。
今や国内店舗数は800を超え、「スタバ」という略称も、もはや一般名詞のように使われるようになっています。
今ではさまざまなチェーン店で提供されている、エスプレッソにミルクやチョコレートシロップなどを加えて飲む「シアトルスタイル」を日本に広めたのも、スターバックスです。
そんなスターバックスも、最初はアルバイト総勢20名の小さな店から始まりました。
そして、はじめからすべて順風満帆にうまくいったわけではありません。
それまでの日本の喫茶店文化とは一線を画した店舗設計やサービスのスタイル、
従業員教育といったものは、アメリカ本社の企業理念をベースにしながらも、現場のパートナー(従業員)たちがひとつひとつ手探りしながらつくりあげていきました。
「たばこが吸えない」「値段が高い」などといった厳しい意見もいただきました。
上場はしたものの、赤字が続いてピンチに陥ったこともありました。
それらを乗り越えていくのに、魔法のようなテクニックがあったわけではありません。
現場のひとりひとりがお客さんに向き合い、お客さんが喜んでくれるサービスを考え、それを徹底していったことで、
スターバックスジャパンは、今のような状態にまで成長することができたのです。
スターバックスについて書かれた本は、すでに何冊も出版されています。
アメリカの創業者や経営陣によって執筆されたもの、コンサルタントや経済学者による分析本、あるいはスターバックスファンのためのガイドブックなど、切り口もさまざまです。
しかし、スターバックスジャパンという会社について内部の視点から描いた書籍は、私の知るかぎり本書が初めてだと思います。(まえがきより)
著者について
黒石和宏
1968年大阪府豊中市生まれ。スターバックスジャパン銀座1号店オープンの日に運命を感じ、アルバイトを始める。
その後、店長、エリアマネージャー、構造改革リーダーなどを歴任。
スターバックスという人々の暮らしに大きく関わる企業での仕事経験を通じて、「理想の店のあり方」について深く考えるようになる。
現在はノスプロダクター株式会社を設立し、夢の第一歩となる(汁)ハレノヒを中目黒にオープン。
コラーゲンたっぷりの「ビューティ鍋」で人気を集め、予約のとれない店としてテレビや雑誌で話題に。
2007年にはイスラエル発のバスコスメブランド「Sabon」の販売ライセンスを2年の交渉の末に獲得。
アジア1~3号店を表参道、六本木ヒルズ、自由が丘にオープンさせた。
1968年大阪府豊中市生まれ。スターバックスジャパン銀座1号店オープンの日に運命を感じ、アルバイトを始める。
その後、店長、エリアマネージャー、構造改革リーダーなどを歴任。
スターバックスという人々の暮らしに大きく関わる企業での仕事経験を通じて、「理想の店のあり方」について深く考えるようになる。
現在はノスプロダクター株式会社を設立し、夢の第一歩となる(汁)ハレノヒを中目黒にオープン。
コラーゲンたっぷりの「ビューティ鍋」で人気を集め、予約のとれない店としてテレビや雑誌で話題に。
2007年にはイスラエル発のバスコスメブランド「Sabon」の販売ライセンスを2年の交渉の末に獲得。
アジア1~3号店を表参道、六本木ヒルズ、自由が丘にオープンさせた。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
黒石 和宏
1968年9月9日、大阪府豊中市生まれ。高校卒業後、米国オハイオ州マウントユニオン大学に入学。進むべき道を迷いながらも7年かけて卒業したのち、日本上陸を果たしたばかりのスターバックスコーヒージャパンに入社。いちアルバイトとしてキャリアをスタートし、店長、80店舗を統括するエリアマネジャー、1600名(アルバイトを含む)の部下を抱える部長職、5年後の組織を見据えた構造改革リーダーなどを歴任。40歳を前に退社。友人4名とノスプロダクター株式会社を設立し、2006年には夢の第一歩となる(汁)ハレノヒを東京中目黒に出店(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1968年9月9日、大阪府豊中市生まれ。高校卒業後、米国オハイオ州マウントユニオン大学に入学。進むべき道を迷いながらも7年かけて卒業したのち、日本上陸を果たしたばかりのスターバックスコーヒージャパンに入社。いちアルバイトとしてキャリアをスタートし、店長、80店舗を統括するエリアマネジャー、1600名(アルバイトを含む)の部下を抱える部長職、5年後の組織を見据えた構造改革リーダーなどを歴任。40歳を前に退社。友人4名とノスプロダクター株式会社を設立し、2006年には夢の第一歩となる(汁)ハレノヒを東京中目黒に出店(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)