「京都の秋」という定型の縛りから解放されたのでしょうか、思っていた以上の出来上がりです。と同時になんとも言えない悲しさも感じさせた全体のトーンの作品でもありました。
まず、「はじめに」にすばらしい出だしです。第二章の「京の冬歩き」は、烏丸や寺町通りという地理的な広がりの中に、著者が言う「時代都市」としての京都の刻印を探しながら、著者の父や祖父母との日常的ながらも歴史を感じさせる関わり(vanished landscape)も見事に位置づけられ、楽しませていただきました。「京の冬の味」では、「蒸し」、「餡かけ」そして「九条ねぎ」をキーワードに縦横無尽に、素顔の京都が語られます。
ただ著者も、営業ドリヴンで、食を「弄ぶ」今の京都の現状には、相当絶望しているようです。その怒りは、第三章の終わりと「終りに」で爆発しており、おそらくその怒りが、「昔」の京都の残像を求めての近江への傾倒となっているようです。著者が指摘する「鷹揚で大人な」近江は、私のように、近江の魅力から京都に接近した東人にとっては、納得のいく指摘です。第4章の最後には、次のシリーズのテーマを予告させるような告白が出てきています。次も期待してます。