出版社/著者からの内容紹介
古い寺社は多いが歴史意識は薄い。
自然そのものより技巧・虚構に親しむ。
けったいなもんオモロイもんを好み、町々に三奇人がいる。
「あっち」の世界への孔がいっぱいの「きょうと」のからくり。
古い町にあっていまの郊外のニュータウンにないものが3つある。1つは大木、1つは宗教施設、いま1つは場末だ。この3つには共通するものがある。世界が口を空けている場だということだ。……京都という街には、こうした世界が口を空けているところが、まだまだたっぷりある。……ドラマで描かれるよりはるかに、形而上学的に、妖しい街なのである。<本書より>
自然そのものより技巧・虚構に親しむ。
けったいなもんオモロイもんを好み、町々に三奇人がいる。
「あっち」の世界への孔がいっぱいの「きょうと」のからくり。
古い町にあっていまの郊外のニュータウンにないものが3つある。1つは大木、1つは宗教施設、いま1つは場末だ。この3つには共通するものがある。世界が口を空けている場だということだ。……京都という街には、こうした世界が口を空けているところが、まだまだたっぷりある。……ドラマで描かれるよりはるかに、形而上学的に、妖しい街なのである。<本書より>
内容(「BOOK」データベースより)
古い寺社は多いが歴史意識は薄い。自然そのものより技巧・虚構に親しむ。けったいなもんオモロイもんを好み、町々に三奇人がいる。「あっち」の世界への孔がいっぱいの「きょうと」のからくり。
内容(「MARC」データベースより)
古い寺社は多いが歴史意識は薄い。自然そのものより技巧・虚構に親しむ。けったいなもんオモロイもんを好み、町々に三奇人がいる-。京都の地に生まれ育った「京都生活者」が贈る、羞ずかしいくらいに真正直な京都案内。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
鷲田 清一
1949年、京都生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。関西大学教授、大阪大学大学院教授を経て、現在、大阪大学理事・副学長。専攻は哲学・臨床哲学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1949年、京都生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。関西大学教授、大阪大学大学院教授を経て、現在、大阪大学理事・副学長。専攻は哲学・臨床哲学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)