『貝と羊の中国人』を去年の年末に読んで以来、
単なる博識にとどまらない教養の深さを感じさせる
加藤氏の著作に文字通りの虜となり、
『漢文の素養』『漢文力』『西太后』と
既刊書には全て目を通してきたのだが、
本書『京劇』だけは後回しになっていた。
かなり以前に映画『覇王別姫』を見たことがあるだけで、
京劇そのものは一度も見たことがなければ、
実のところ、さほどの関心もなかったのだが、
著者ならではの見聞の広さが遺憾なく発揮された本書は、
相当に専門的かつ高度な内容でありながら、
京劇を枕にした中国近現代史(+日中交渉史)として読むこともでき、
京劇ファンならもちろん、そうではない私にも
存分に楽しめるものに仕上がっている。
知らない固有名詞を次から次へと挙げられると、
門外漢は得てして叙述の流れを追うだけで精一杯になってしまい、
なかなか楽しむというところまで行かないものだし、
そもそも京劇という舞台芸術の魅力を、
文章の形で伝えることは容易ではないはずだが、
本書はそれを楽々と成し遂げているのみならず、
あくまで公平な視点から中国の近現代史を描いて、
読者に複雑な感慨を抱かせずにはいない。
その構想力と文章力には、舌を巻くばかりだ。
中国について多少とも深く知りたいと願う読者には、
本書を含めた加藤氏の著作の全てが、必読書と言っていいと思う。