被災地宮城県仙台の住人です。
この本を読むと震災直後からの当時の出来事が蘇ってきました。そして、こみ上げてくる怒りを抑えることもできませんでした。
3.11の直後から、被災地仙台で自分が感じていた沢山の「どうして」という疑問、皆が首をひねっていた謎の答えといえるものがこの本の中にはいくつもありました。
ひと言で言い表すと、菅直人という人間の本質に問題があったからだ、となるのでしょう。
他人が判断して実行したことの間違いを見つけて指摘するのは大得意ですが、自分が判断を迫られる局面では(他人の批判を恐れるためか)途端に臆病になり、何も出来なくなり、結局は判断が遅れて事態を悪い方向へ向かわせる「すくみ体質」人間の典型的パターンと言えます。この判断の遅さというものが菅直人政権の致命的な欠陥だったのです。
野党の代表として国会で吠えまくる分には見栄えはしますが、絶対に首相の座に置いてはいけないタイプの政治家というか人間だったということです。
これは地震から4日目の月曜日、つまり3月14日のことです。自分は仕事仲間の消息を求めて仙台の南、名取市近くの避難所を訪ね歩いていました。
避難所となった公共施設などで何度も顔を会わせ、途中から自転車の貸し借りや情報の交換などをして親しくなった方から、マスメディアでは決して流れないないような「事実」をいくつも教えていただきました。
そのひとつが、何故かいつまでたっても始まらない仙台空港の本格復旧作業開始の見込みについてでした。
仙台空港が少しでも使えるようになれば、ここを中継のハブにして、岩手・宮城の各地で被災している人たちのライフライン(食料・燃料・医薬品)が確保できるはずなのに、一向にその気配がないのは、(その方の説明では)政府が、つまり菅直人首相(当時)が米軍の上陸作戦に対してストップを掛けているからだというのです。
にわかには信じがたいことですが、いろいろとおはなしを伺うと、それが単なるウワサでも作り話でもなく、なるほど事実と断定するに充分なくらいの傍証も確かに揃っているわけです。
この本に書かれている当時の政府閣僚の発言や行動を振り返ると、このあたりの移ろいというものが見えてきます。特に官房長官枝野幸男(当時)の記者会見の答弁の変化であるとか、辻元清美(当時は内閣総理大臣補佐官)がどこで何をしていたか、どんなことを言っていたかというものを見ると、この「菅が米軍の申し出に対して返答を渋っていたから」というのはどうやら事実のようです。
(自衛隊出身者である)宮城県知事からも再三の要請があったにもかかわらずです。
震災二日目には米軍からの、仙台空港の整備のためにまず軍用機(ヘリ)で装甲車などの上陸をしたいという申し出に対して即答をしなかったというのも、その方の言うとおりまずまちがいなく本当のことなのでしょうな。
また、すぐに辞任に追い込まれた例の松本龍前復興担当大臣の、宮城県知事に対する「客を待たせるな、自衛隊出身ならそのくらいのことはわかるな」等々の恫喝に近いような暴言も、このあたりが関係していそうです。
などなど、この本に書かれていることは、当時自分が感じていた「遅い、遅すぎる、何故なんだ?」という数々の疑問と怒りに対する解答・ヒントたりえていますし、今のところこれといって相反する点は見つかりませんでした。
ただし、この本の体裁ですが、構成が非常に雑だったり、あるいはナマ硬くて読みにくい新聞文体がそのままだったりと、一冊の本としてみた場合には評価としてマイナス点もあるので自分は広く皆にお勧めするというのでもありません。
しかし、菅直人という史上稀にみる「愚宰相」の本質を解明するのにはとても役に立つドキュメントです。
あれは3月17日か18日の午後、夕方近くのことでした。仙台空港の方面から低空飛行でやってきた明らかに自衛隊とは違う軍用ヘリが、北の方角へ向かって飛び去って行くのを見上げたときに胸の奥のほうからからこみ上げてきた思いというもの、そして、私たち日本の政府に対する複雑な感情というものを、自分はこれからも絶対に忘れないでしょう。
それにしても、この本が仙台中心部の大型書店では、まるで隠すようにひっそりと置かれて売られているというのはどうしてなんでしょうね。