本書は、批評家である若松英輔氏の処女作です。
処女作とはいえ、とても完成度の高い作品です。後書きにも書いてあるように、二十年近くの時間をかけて準備されてきた著作だからだと思います。
井筒俊彦の魅力的な「言葉」によって、いわば多くの種子を蒔かれた若松氏の心が、長い時間をかけて発酵させてきた洞察がまとめ上げられて、一つの「叡知」の世界を築き上げています。
「叡知の哲学」という副題に著者がこめた思いは、単に、井筒が「叡知」を探求した哲学者であったという意味ではありません。そうではなく、「叡知」の方が「井筒」という詩魂を持った哲学者を通して、我々に語りかけている、という意味なのです。
井筒は、驚くべき博識と独創性を兼ね備えた哲学者ですが、ことさらに自らの「新しさ」を強調するような人物ではありませんでした。そうではなく、東洋から西洋にいたる、そして古代から現代にいたる人類の叡知を、現代的な文脈で語り直すことを試みた人物でした。そのような試みが、自ずと、汲み尽くせない「常なる新しさ」を産んだのです。「叡知」の伝統に促されるように著作を書いている中で、井筒自身の意図をも超えて、驚くべき斬新な洞察が、こんこんと沸き上がっているのです。
若松氏は、このような井筒の「述べて作らず」の精神を受け継いでいます。そして、井筒を促した同じ「叡知」の伝統に促されて井筒の評伝を書いたこの著作の中で、著者である若松氏自身の意図をも超えて、驚くべき斬新な洞察が、ページをめくるごとに、沸き上がっていることに読者は気づくはずです。
井筒を読んだことのある人も、まだ読んだことのない方も、間違いなく、多くのものを得ることができる、素晴らしい本だと思います。