1959年、福岡県に生まれる。小学5年生のとき栃木県宇都宮市でフィギュアスケートをはじめ、大学まで選手生活を送る。男子シングルでは1979-1980年シーズン国体成年男子4位、アイスダンスでは1978-1979年シーズンの全日本ジュニア選手権優勝、1979-1980年シーズン全日本選手権4位などの成績をあげた。
「趣味が服を着て歩いている」と言われるほどさまざまなことに興味を持ち、高校時代は、フィギュアスケート(部長)、水泳、アマチュア無線(副部長)、英語(副部長)と4つもの部で活動した。大学時代は初期の8ビットPCを購入してプログラミングを独習。BASICからPascal系言語、FORTRAN、COBOLと幅広く、友人は皆、ソフトウェア系に進むのだと思っていた。
東京大学工学部化学工学科を卒業後、大手石油会社に入社し、会社派遣で米国オハイオ州立大学大学院修士課程に留学する。会社ではエネルギー利用技術の研究やビジネスに携わったが、1998年、子育てに必要な時間的やりくりを家庭内でつけられるようにと退職。
現在は、技術・実務の産業翻訳者としてさまざまな企業活動を支えるとともに、プロ翻訳者の情報交換サイト、翻訳フォーラムを友人と共同で主宰するなど多方面で活動を展開している。社団法人日本翻訳連盟常務理事。
エネルギー、環境、IT、ビジネスなどの分野を得意とする。がちがちにかたい論文から『アップルを創った怪物―もうひとりの創業者、ウォズニアック自伝』における全編語りのやわらかい文章までをカバーする。