先行レビューにも触れられている通り、桜田門外の変の顛末は大変な臨場感。さまざまな目撃証言が縫い合わされているに違いないが、それにしても血腥い暗殺現場の一部始終を執拗に描き上げる著者の筆に、ある種の過剰さも感じた。
とりわけ「凄い!」と思ったのは事件の直後、「まだ息のある重傷者が恐ろしい唸り声を発し」、「死骸がごろごろして」、「血みどろの泥濘」と化した雪の現場で伊井家の家来たちが取り片付けに奔走している只中、紀州徳川家の登城行列が近づいてくる場面。「先頭が現場に差し掛かっても誰も制止しない。伊井家は傘で死骸と流血の跡を蔽い、紀州家の供侍は笠で目隠しをし、視線をまっすぐ前方に据え、『何事も見ていない』という顔を繕って早足でその場を歩み抜けた」(p178)。
ここ、映画で観たい!
また、「世の政治家は、(伊井暗殺を巡る)次の残酷なジョークを読んで、日本の民衆の怖ろしさを心に刻むべし。日頃はお上にぺこぺこ頭を下げているが、失墜した権力者に対してはどんなに容赦なく本心を剥き出すか」と書かれた、そのジョークは直接ご確認ください。確かに「この笑いには一片の同情もない」(p183)。
ただ、あとがきで著者が「現代日本が本当に必要としているのは、井伊直弼のように、あえて泥をかぶるのを辞さない政治家なのではあるまいか」(p232)ってのはドーかな。本書の記述に従っても、伊井ってそういう「決然たる政治家」ではなかったんじゃないでしょうか?
読ませる。