スポーツと政治は別――というのは建前で、これまでオリンピックはさんざん政治に利用されてきた。古くはベルリン五輪。これはナチスの一大プロパガンダだった。そして28年前にはソ連がアフガニスタンに侵攻し、西側諸国の多くがボイコットした。日本もそのひとつだ。
本書は日本不参加決定の経緯と背景を、長年スポーツ畑記者だった著者が当時の代表選手たちに取材する形でまとめられている。瀬古利彦、山下泰裕らの代表選手だけでなくJOCの幹部らにも話を聞いており密度の濃いノンフィクションだ。
私は高校時代、国体に出場した経験がある。国体も必ず開催県が優勝するという歪んだ構造になっている。だが闘っている選手たちにとっては、そんなことはどうでもいいことなのだ。どんな形でも「闘える場」があるだけでいい。だが、「何が何でも北京五輪に」と言った選手に、「あんなひどい国で開かれる五輪に出たいなど、ただのスポーツ馬鹿だ」と言った著名人もいる。
けれどもスポーツぐらい「馬鹿の集まりでいいじゃないか」と思いたい。28年前のボイコットで、日本は何かを得ただろうか…。むしろ多くのものが失われた。選手個人の無念さだけでなく、8年間の空白で日本選手の実力は大きく低下した。
JOCは以後、政治から自立して財団法人になったが、今、企業や国からの「経済的支援」なしには国際的選手は育成できないのも事実。ショー化していく五輪を見ながら、私は文献でしか知らない古代オリンピックを思う。もちろん今さらアマチュアリズムを云々するつもりはない。だが、今オリンピックを見直す時期に来ているとも思う。せめてもう少し「政治」と切り離せられないか…そう思わせる本だった。