剣豪小説で名を馳せた五味康祐さんのオーディオに賭けた半生を綴ったエッセイ。
初版が1980年なので出版からすでに30年経っています。ですので、ここに出てくる
世界のオーディオ銘品はすでに製造中止になったものが殆どです。かのタンノイ
オートグラフも、もはや販売されておらず、今手に入るのはミニチュア版のオートグラフ
ミニだけです。中古では手に入れることは可能かも知れませんが、部品の劣化などで、
この本で記述されている音を再現することは難しいでしょう。音源にしても、そもそも
LPレコード自体が入手困難で、かろうじてCDで入手可能かどうかも怪しい。
この本の価値は、バイヤーズガイド的なものではありません。
音楽というのは不思議なもので視覚と違って、日によって聞こえ方が違ったりします。
恐らく少ない情報量を脳内補完しているために、体調によって感じ方が変わるためでしょう。
良い音を求めて止まないオーディオ道が成り立つのは、このためかも知れません。
五味さんは、ひたすら良い音を求めます。海外の銘品を買っては、捨て買っては捨て。
これだけだと、お金持ちの圧勝になりそうなものですが、オーディオの怖さは、高い部品
を買ったからといって「自分にとって」良い音で鳴らないこと。五味さんは自分の耳と
愛聴版を頼りに自分にとっての最高の音を追い求めていきます。剣豪の修行みたい。
一方、五味さんは、大層「もてた」人みたいで奥さんと結婚されてからも何人かと恋愛関係に
なります。五味さんは純粋な人だったらしく、一人しか愛せない。当然、そのたびに修羅場。
真剣な恋愛とは辛いもの。そのどん底に陥った精神状態を救ってくれたのが音楽だったのです。
五味さんにとって、良い音楽を聴くことは、生きることに等しかったのでしょう。ある意味
羨ましい生き様かも知れません。オーディオにはそれだけの力があるのです。
インターネットからダウンロードした音源をiPodで再生する。といったお気楽な聴き方が普通
になって来ましたが、五味さんが生きていたら現状をどう論評しただろう?と興味は尽きません。