初めて観たのですが、最初のタイトルが出た瞬間、もう何故だか涙がこぼれました。
悲しい場面ばかりでなく、楽しそうな場面、日常の何気ない場面でも、涙が流れました。2時間36分、涙流しっ放し。
小豆島の自然。自然しかない懐かしい風景。いや、人工物であるはずの家等も、自然の一部となっている。
岬の生徒たちは、4年生までは、地元の分教場に通う。昭和3年、分教場に赴任して来たのは、洋服を着て自転車に乗った大石先生。
大石先生が受け持つことになった新1年生は、12人。自分を見上げる24の澄んだ瞳を見て、大石先生は思う。『この瞳を濁しちゃいけない』と。
しかし、戦争と貧困で、24の瞳は濁っていく……。
海の色も、山の姿も、そっくりそのまま、昨日につづく今日であったが……。
昭和3年の分教場時代、5年後の本校時代、その8年後の出征、さらにその4年後の終戦、そしてその1年後。
20年以上にわたる物語であるが、大石先生は、高峰秀子がひとりで演じている。20代の若若しい新任教師から、40代の(昔の40代である)お年寄りまで。
これが今さら私が言うまでもなく素晴らしい。
そして、私が驚いたのが、1年生のときの12人と、6年生になった12人が、そして、大人になった11人(1人は登場しない)までもが、まるで1人の役者さんを使って20年かけて撮影したかのように、繋がっていること。
クレジットで5年経ったことが表示され、6年生になった12人の子どもたちが、船に乗り、『荒城の月』を歌っている場面で、一人一人画面に登場するのですが、みんな『大きくなったなあ』と思える。『この子誰?』と思う顔がない。スゴイ。
これは、種明かしすると、まず、小学1年生と6年生の、顔の似ている兄弟姉妹をオーディションで選び、大人の俳優も、その子たちに似ている人をキャスティングしたとのことです。似ているという理由で、俳優でなくスタッフの中からも選ばれているそうです。
似ても似つかぬ人が、子ども時代と大人になってからを演じていると、結構興ざめしてしまいますが、似ている人を探してキャスティングする効果は、想像以上に大きいということを感じました。
戦争に押し流されていく人人の、貧困に悩まされていく人人の、日日の暮らしを決して激昂することなく描くことで、静かに反戦を主張しています。