世界的理論物理学者,米沢富美子が夫との思い出を中心に紡いだ愛の物語。夫を愛し,仕事面では物理学の最先端の理論を提唱するという偉業を成し遂げつつも,3人の娘を育てた女性の半世紀が語られる。
冒頭に,仕事でイギリスに渡った夫を追い,イギリスの大学と名の付く30の機関の学長宛に,奨学金付きで自分を受け入れてくれないかと個人的に手紙を出し,2校からOKをもらい,夫とヨーロッパ各地を旅行しつつ1年で博士論文を書き上げる話から始まるその人生密度はとてつもない。
「新しいものを作り上げるには,ある時間,他のことはすべて忘れ,文字通り寝食も忘れて,集中することが必須だというのが,私の経験から得た持論である」といったように,その仕事ぶりから多くのことを学ぶことができるだろう。
また数々のエピソードの中で夫が著者に向かって発した「君が勉強している姿を最近見なくなった。怠けているのじゃないか」「人間,四十歳までに人生が決まる。僕もばんがるから,君もこれからもがんばれ」「できないわけないだろう」といった数々の「名言」も,それを支えにしてきた著者の生き様に裏付けられ,読む人にも勇気を与えてくれる。
そして,何よりも一人の人間として,真摯に生き抜く姿勢に心を揺り動かされる。 最後に,最愛の夫に感謝と愛と別れの言葉をつげる場面は,目頭が熱くなるのを禁じ得ない。愛する妻の声を聞き,夫は奇跡的に意識を取り戻し,黙って妻を抱きしめてから,静かに命を終える。「お父さんは最後までお母さんを幸せにしてくれたね」と娘達がつぶやく。
その後,著者は喪失感により茫然自失となるが,次第に夫との思い出を語ることにより自分が癒されていくことに気づく。そうして紡がれたこの愛の物語は,読む者に人生において本当に大事なことを思い出させてくれるだろう。