本書は林達夫、久野収対談の『思想のドラマトゥルギー』(平凡社ライブラリー)と並ぶ対談本の遺産。親本刊行は1984年。
高踏的な面のある前者に比べ、よりドロドロした“文士的”エピソードの多いのが後者であり、その動静を一部リアルタイムで知っている評者などには、その面白さは奔流のごときダイアローグの攻勢ともども圧倒的だ。勿論、文学的、哲学的、形而上的関心にも十二分に応えてくれるが、“形而下”の話題にも事欠かないのである。
親本には掲載されていた写真が、現代文庫版ではカットされているのが残念。
意識の目覚め、大正から昭和へ、文学的青春、監獄体験、戦前から戦中へ、ミンドロ、『俘虜記』と『死霊』、第一次戦後派、スターリン・毛沢東、安保と吉本隆明、三島由紀夫と花田清輝、70年代〜80年代・・・・・と、20世紀の初頭に生を享けた、ある意味特異な作家2人が語り尽くしている。
大岡の小林秀雄、中原中也との青春時代、埴谷の政治思想を巡ってのあれこれの知的・政治的遍歴、本書刊行後にひと悶着起こった吉本“スパイ”説、大岡の老いてなおとどまるところを知らぬ知的探求、ほとんど『死霊』そのままの埴谷的饒舌ボレロ・・・・等々、面白くない訳がないと断言したいが、やはり世代によって面白さは異なるかもしれない。
まあ大岡も埴谷も後世に残る作品を少なくともひとつづつは持っているわけだから(『俘虜記』『レイテ戦記』乃至『野火』と『死霊』)、これまた歴史的な資料とは言えるだろう。大西巨人や中上健次に対するまだまだ意気軒昂な評価がいまとなっては微笑ましくもある・・・? 島田雅彦といった若い世代の作家にも言及されるが、戦前、戦中、戦後の哲学や文学に纏いつく知的意匠の総出演の感。圧巻だ!!