久々に感動した。これは単にドーピング事件の顛末を詳らかにしているだけでなく、思わぬ窮地に陥った我那覇選手という一人の素晴らしいアスリートを救った人々の「良心の物語」だ。読み始めると、どうにも止まらなくなり、一気に読み終えてしまったが、同時に、多くの問題点がまだまだ解決していない現実を思い起こさせた。
ひとつは、日本のジャーナリズムの問題。直接取材もしないで、面白おかしく「にんにく注射を打った」と報じたサンケイスポーツの重大な過失と、それを検証もせず、追随した他のマスメディア。他の冤罪事件でもそうだが、誤報が既成事実化する怖さを著者は刻々と記録している。間違いは誰でも犯すことがあるが、問題は間違えの事実が明らかになっても、それを間違えと認めることが、特に権威ある人間や、組織であればあるほど難しくなって行くことであり、その様子を著者は抉り出していく。例えば現在議論を呼んでいる日本の検察なども同様の状況であろう。狼狽、言い逃れ、開き直りなど、そこでは、イノセントな当事者、ここでは我那覇選手とチームドクターの立場などは、全く考慮されず、人の権威や組織防衛と言ったことが優先されていく。どこにでもあり得る怖い話である。一方で、真実を明らかにするために立ち上がったJリーグのチームドクター達、莫大な訴訟費用をカンパしたファンそしてJリーグの選手会など最終的に「無罪」を勝ち取る為に協力した人々の「良心」「矜持」も余すことなく描かれており、本当に救われる思いが募ってくる。誰かが言っていたが「ナベツネと戦ったJリーグのチェアマンが、今、日本のサッカー界のナベツネになっている」という強烈な皮肉を川淵氏やJリーグの幹部はどう聞いているだろうか?「権力は腐敗する」という言葉が昔からあるが「腐敗」とは何も金を受け取るということではない、上に立つものは常に自省出来ているか否かを自ら問わなければ行けない。それも権威、権力をもつ者の「ノーブレスオブリッジ」である。
著者は、最後に「我那覇はJリーグと闘ったのではない、Jリーグを救った」と述べているが、我々は改めて我那覇選手に感謝すべきである。同時に、捨て置けない問題を丹念に記録し問題提起してくれた著者、木村元彦氏にも感謝したい。