タイトルなどから見ると、話題の自称・予言者を叩くというアンチ本のように見えるが、私はこの本は彼をインチキだと決め付ける「始めに否定ありき」の週刊誌的なものではなく、「この疑惑にどう答えるのか?」という問いかけとして評価できると思う。
逆に彼を支持する人たちは、「始めに肯定ありき」ではなく、誹謗中傷の批判ではない根拠のある疑惑に対しては、納得のいくかたちで説明すればいいのだと思う。客観的に見て、本書の指摘する疑惑は、否定するためのでっち上げとは思えないものばかりであるからだ。
日本は過去にカルト教の危うさを実感する体験をしたのであるから、もう少し冷静にこのようなものを受け止めてしかるべきだと思うが、テレビの影響を受けて安易に予言を恐れるようになるのは、少し情けないと感じる。
ジュセリーノの場合、彼の予言がネットなどで話題になっていたことは私も知っていたが、ブームになったのは、出版社やテレビ局が彼を宣伝してからだと思う。責任は本人よりも仕掛け人たちのほうが重いように感じる。
私は予知というものはあってもいいと思う。しかし、最初からウソをつくつもりで、多くの人々を不安に陥れた罪は重いと思う。
本書は、疑惑に対して答える責務、そして謝罪する責務は出版社とテレビ番組製作者にも同等以上にあることを感じさせる本である。
そして人々は、このジュセリーノという人物を全面的に支持している人たちがどのような活動をしている人たちであるかについて、注意して見ていく必要があると思う。
そして決定的な疑惑をつきつけられてもなお彼を擁護しつづける人たち(ここのレビューも含めて)に共通して見られるのは、多くの疑惑に対する弁明を避けて、根拠の乏しい別方向からの支持を打ち出してくるところである。私としては「それはそれで認めるから、ぜひ疑惑についての正面からの見解を述べてほしい」と思う。