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乱造される心の病
 
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乱造される心の病 [単行本]

クリストファー・レーン , 寺西 のぶ子
5つ星のうち 4.0  レビューをすべて見る (5件のカスタマーレビュー)
価格: ¥ 2,100 通常配送無料 詳細
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商品の説明

内容紹介

「社会不安障害」という病気はいかにしてつくりだされたのか? 巧みな広告戦略で普通の人々を精神障害に仕立て上げ、恐ろしい向精神薬で巨利を貪ろうとする精神病産業の実像に迫る!

内容(「BOOK」データベースより)

内気な人々はどのようにして病人にさせられたのか?巧みな広告戦略で普通の人々を精神疾患に仕立て上げ、恐ろしい向精神薬で巨利を貪ろうとする精神病産業の実像に迫る。

登録情報

  • 単行本: 325ページ
  • 出版社: 河出書房新社 (2009/8/22)
  • ISBN-10: 4309244904
  • ISBN-13: 978-4309244907
  • 発売日: 2009/8/22
  • 商品パッケージの寸法: 19.2 x 13 x 3 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.0  レビューをすべて見る (5件のカスタマーレビュー)
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By GHOST KILLING MECHANISM(幽霊殺害機構) トップ50レビュアー
形式:単行本
DSM (Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders“精神障害の診断と統計の手引き”) アメリカ精神医学会の定めた、精神科医が患者の精神医学的問題を診断する際の指針を示したものである。アメリカ合衆国を主に、日本や他の国においてもしばしば引き合いに出されるものである。現在は第四版用修正版 (DSM-IV-TR) となっている。2010年以降に (DSM-V) の発表が予定されている。過去における改訂は以下のとおりである。DSM-I :初版(1952年) 。DSM-II (1968年)。DSM-III(1980年) 。DSM-III-R (DSM-III の改訂 )(1986年)。DSM-IV(1994年)。DSM-IV-TR('Text Revision' of the DSM-IV)(2000年)。日本の精神医学はアメリカよりも50年は遅れていると言われていることは、日本の医学者の認めるところである。ですから、日本の精神科医がDSMを診断の指針の参考にするのに不思議はない。脳内神経伝達物質の研究が進み、西欧の製薬会社でSSRI:PROZAC等、さらに新しいSNRI等の新しい抗うつ剤が開発され、うつ病の他、脅迫神経症、過食症、パニック障害(パニック・ディスオーダー)、対人恐怖症などにも効果があるとされ、処方範囲は広いといわれていた。これが我が国で認可されなかった時期は、個人輸入で服用した人も多い。現在では、このタイプの薬剤は日本で認可され多くの人に処方されている。この本は2007年にYale University Pressから刊行され、その衝撃的な内容は大きな話題となった。実際、PC検索で原著の題名“Shyness:How Normal Behavior Became a Sickness”と入力すれば約190万件の検索結果に出会う。この著者 Dr. Christopher Laneの告発の詳細はお読みになってください。Dr. C. Laneの言葉を、それはアメリカ流の「精神疾患を脳の病気」とする考えであって、薬物に因らない精神療法等があるなどといっても、実際には日本でも薬物療法がほとんどである。著書のエッセンスは、精神科医、広報活動コンサルタント、及び、薬品会社が内気、自意識過剰、及び、内省さえもメジャーな精神疾患に首尾よく変え、いかにDSMに加えたかについての記述が詳細になされている。その結果、過度の診断と過度の薬物治療がなされたというのである。繰り返しになりますが、この著書は、あたりまえの感情、通常の習慣、性格等がいかに、精神障害になったのかについての総括的な記述だけではなく、不安に関する、新しく、きわめて重要な見解もあたえている。これ以外の、ここでは述べられない多くの興味深い話題は、一般の我々も知っておくことは非常に大切です。英国等の精神医学会の動向も興味深いものです。日本は?さぁ〜。是非お読みになることをお薦めします。精神科には関係ないと思いの方、わが国だけにある心療内科でも抗うつ剤くらいまでなら処方されます。が、精神科医は更に強い向精神剤を処方する傾向がある事実を知っておくべきです。我々は、疑問に思ったら、その処方を断る事も出来るのです。知識は大きな力となります!
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55 人中、38人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By こういちろう VINE™ メンバー
形式:単行本
 
 2009年10月4日付読売新聞における春日武彦氏による本書の書評は、まるで本書がうつ病と診断されている人について書かれた本であるかのような誤解を与えかねない記述になっているが、本書の実態はそうではない。

 この本はあくまでも、単に内気(原題:"Shyness")な人が、特に「社会不安障害」という診断に祭り上げられる過程について告発する意図で書かれたものである。

 しかも原著者は精神医学の専門家ではなく、気鋭のジャーナリストですらない。英文学者である。amasonの英語版サイトで星をほとんどつけていない人の酷評ぶりはすさまじい。

 「この本は教養課程キャンパスの象牙の塔の中で広まっているように思える、奇妙で、反科学的なパラノイアの典型です」(Gina Pera氏)

 製薬会社が「病気を作り出す」プロモーション活動をしてきた問題についての本なら、冨高辰一郎氏の「なぜうつ病の人が増えたのか」の誠実で慎重な筆の運びの方を遥かに推薦したい。

 また「日本の」精神医療の薬物療法への過剰な依存、多剤処方、誤診の多さと、その背景にある医師業界や医療制度上の問題点、心理療法サイドと医療サイドとの微妙な関係についてのルポルタージュとしては、「NHKスペシャル うつ病治療 常識が変わる」の書籍化されたもの(放送された番組より密度は3倍濃いくらいの徹底性である)の迫真性こそ大いに推薦したい。

 結局、本書は、純情なまでの「フロイトおたく」の英文学者が、「正義の」力動精神心理学(=「フロイトの」精神分析。しかもかなり単純化されている)の旗の下、クレペリンに始まる「伝統的精神医学=脳科学主義者=薬物療法推進論者」の系譜という「悪の枢軸」を「仮想敵」として仕立て上げて、熱心にいろいろ調べたりインタビューして書いたにしては、「まずは結論ありき」の本であり過ぎる。

 フロイトを引用する時の意図も、時々あまりに強引に自説に好都合な形になっている(それは、素直に読めば、「フロイトは将来の薬物療法の可能性に期待をかけていた」ことを示唆する筈の、「精神分析学入門 (中公文庫)」で書かれたフロイト自身の叙述を引用した、p.213以下で顕著に明らかとなる)。

 正直に言って、精神分析にある程度詳しい専門家の目から見たら、「ひいきの効き倒し」が過ぎて苦笑するかもしれない。

 フロイトは、ある時期コカインによる治療に入れあげたように、薬物療法であろうと、精神療法であろうと、治療に役立ちそうなものなら何でも活用しようとした、あくまでも「現場実践」の人である。

 薬物療法と精神療法を、どちらかが好ましく、どちらかがまやかしであるという、二者択一的で対立的なものとしてとらえるあり方そのものが、現場臨床からあまりにもかけ離れている。むしろ「相互に補い合う」「必要に応じて取捨選択される」ものであるべきなのだ。その点で、本書は世間にありがちな偏見を助長するものでしかない。

 DSMを「脳科学=薬物療法的」観点からのみとらえるのは強引。むしろそこから一定の距離を取ることに腐心している面もある。むしろ、DSMが良きにつけ悪しきしつけ、行動主義的な「操作的定義」であり、特定の見地からの「原因論」に立ち入らないことを目指したとみるのが正道のはずである。

 薬物療法を使う医者が、まるですべて生得的な脳の問題としてしかとらえていないかのような「極論化」が行き過ぎている。心理的・社会的要因を無視する精神科医はそう滅多にいないと思う。

(もっとも、どういうわけか、本書では、統合失調症と「重たいうつ病」についてだけは、同じ論理では斬り掛らない。もうこの段階で「内因性精神病」概念の確立者としてのクレペリンを肯定していることになる「自己矛盾」があるのだが)

 パキシルの製造元の会社の、不利な情報隠蔽体質、あるいは幼児期の双極性障害やADHD(注意欠陥・多動性障害)に関してアメリカで子供に対して安易に薬物療法が施行される傾向の問題点、そしてアメリカでそのことを啓発する運動の先頭に立っていた精神医学者と製薬会社の癒着の問題については、例えば加藤忠史氏の「双極性障害―躁うつ病への対処と治療 (ちくま新書)」でも詳しく紹介されている。加藤氏の著書では、なぜ薬物の治験において統計的に有意な差が出ないことが多いのかについて、意外な現実も紹介している(要するに、アメリカでは治験に応じると報酬が払われる。そのお金ほしさに病気のフリをして治験をハシゴしてまわり、薬は実際に飲まないまま偽薬であろうとほんとの薬であろうと薬が効いたフリをして報告するいる輩が随分いるらしい。これでは統計上有意な差が出にくくなって当たり前である)。

 もとより、DSMにおける、特に「2軸」の「人格障害」カテゴリーというのは、読みようによっては非常に多くの人がそれに当てはまりかねない表面的な記述があまりにも多く、活用する際には大いに用心する必要がある。この点では著書の指摘はかなりの程度妥当であるし、DSM策定のプロセスにおける委員会内部での凄まじい駆け引きのルポルタージュとしては興味深いが、その記述の中でも、精神分析の側を「善玉」的に描き過ぎてはいまいか?

 ある意味で、アメリカの精神分析は、一方で腐敗を抱えながらも絶大な影響力を持ち過ぎていた側面があるのであり、そうした「精神分析偏向」から距離を取るための「学界政治的」駆け引きの末にDSMが作成された側面があることは、リアリスティックにみて、止むを得ない側面があるはずである。

 しかしこの著作は、あくまでも精神分析側の立場を擁護する方向からでのみ、関係者からのインタビューや関係者の文書のやり取りを紹介している懸念が拭えない。

 (更にいえば、本書におけるユング派の「内向」についての取り扱いも底が浅い。「影」の領域に「外向性」を抱え込んでいることと相補的なものとしての「内向」という観点が不在である。また、スキゾイドが統合失調症の「病前性格」というのは、あまりに古い、それこそ1921年のクレッチマーの「体格と性格 (1944年)」の次元と思われる理解で述べているに過ぎず、今日の理解、すなわち、スキゾイドに「はまれた」人は統合失調症にむしろ発展しにくく、それだけで精神科治療の対象とされることは珍しいという状況、あるいはむしろ発達障害との近縁を示唆する動向からすれば、異様なまでに古風である。また、フロイトの先駆者、それこそ「力動心理学」の歴史に欠かせない重大人物ピエール・ジャネ(本邦訳では「ジャネット」と誤訳。「心理学的医学」などの著作あり)についての認識も、確かに心理的要因を重視するフロイトとは異なり、精神障害の内因的・体質的要因を重視した側面があるとはいえ、もっぱら「敵役」としてのみ登場するのは、どうにも腑に落ちない。他方、pp.210-3にみられる認知行動療法についての、精神分析と比較しての批判的叙述は、ありがちな極度のステレオタイプであり、例えば、伊藤絵美氏の「認知療法・認知行動療法カウンセリング初級ワークショップ―CBTカウンセリング」を読んでしまうと、この療法の全くの門外漢の理解の水準に留まることが明白となる・・・・結局、彼がとらえる意味での「精神分析」以外の精神療法については偏見の塊であることが露呈している)

 いずれにしても、DSMが様々な不完全な妥協の産物という側面を有し、DSMにそうしたマニュアル的表面性が付きまとうことについてはすでに多くの精神医学者の著書でも語り尽くされていることである。

 つまり、医者が、DSMに「基づいて」診断や治療を「決めて」いるというのは、もはや「都市伝説」の領域に近い。

 心ある医師は、DSMが「診断基準」としては全く表層的なのを承知で、「共通語としての診断名」をDSMから慎重に「あてはめている」だけのことである。

 (例えば、中井久夫氏の「治療文化論―精神医学的再構築の試み (岩波現代文庫)」(中井先生は意外と反精神医学にすら同情的である)、内海健氏の「うつ病新時代―双極2型障害という病 (精神科医からのメッセージ)」参照)

 更にいえば、本書の構成の一番摩訶不思議なところは、クライマックスであるはずの第6章「プロザック帝国への反乱」において、例えば、「実社会における」薬物過剰利用への反対運動の当事者や患者へのインタビューが満載されているのであれば、それはそれで説得力がありそうなのに、実際にその大半を割いて繰り広げられているのは、あくまでも最近の映画や小説という「フィクション」の世界でのその問題の取り上げられ方についての文芸批評家的な叙述の連続なのである。著者が本業が英文学者であるという観点からすれば「本領発揮」のつもりかもしれないが、「プロモーション」を批判するのに「フィクション」を持って対抗するというのは、戦術的にみてもあまりに悲しいやり方ではないか? 「虚構」対「虚構」になってしまうからである。

 この著作がアメリカでヒットした背景には、それだけ精神医療が役立たなかったと感じる人たちが多いことの証しであることは十分に想像できるが。
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By Gori トップ100レビュアー VINE™ メンバー
形式:単行本
心ある精神科医は、
DSM-4TR が単なるガイドラインである事を理解している。
DSM-4TR の使い方には、細心の注意が必要だ。
単なるレッテル貼りに使っては決してならない。
心ある精神科医は
多数決で決まったDSM-''IV TR という診断基準に
科学的合理性を認めてはならない事も理解している。
多数決で決まる精神医学は科学でさえない事も理解している。
河合隼雄氏はユング派心理学者として
文化庁長官に就任、行政的にも手腕を振るったが
その河合氏が国家資格にしてしまった臨床心理士は、
治療の際、危険さえ、はらむ事を知っている。
精神障害者の法人には、厚労省からの天下りがいて、
補助金を牛耳っている音も知っている。

問題は、馬鹿な精神科医である。
リタリンを、リスパダールを何のためらいもなく出す、
エセ精神科医だ。

精神医学という学問は、精神科医が100人いたら
100通りの診断結果が出るような学問である。

精神医学はまだまだ、未発達である事を肝に銘じながら
使わなければならない学問だ。

本書にあるように
「注意欠陥多動性障害? 昔はそんなのはなかった。子供だって言ったもんだ」
という感想さえ抱けないマニュアル精神科医の
跳梁跋扈が本書のような結果を招いているのだ。
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