抗日戦争と国共内戦を経て、アヘン戦争から100年後余、ついに中国は統一され「中華が回復」された。人民中国の建国当時は共産党以外の民主勢力の存在を認めた寄り合い所帯の政権であり、毛沢東自身もその路線で行くつもりだったらしい。ところが急速な冷戦の激化し、さらに朝鮮戦争という「熱戦」まで勃発し、毛沢東は国際的孤立感を深め、生来の「革命家」としての顔が再び顔を現わしはじめた。大躍進、とりわけ文化大革命の発生原因として毛自身の性格と、当時の中国に現われはじめた差別的社会構造に対する人民の鬱憤を挙げている。文革で麻痺した人民中国を「改革解放路線」で立て直す基礎を築いたのがトウ少平であり、彼が社会を混乱させずに、巧妙に最高権力を奪取する様も詳しく解説されている。