1964年,東京都板橋区生れ。小学校6年生の時,当時ベストセラーとなった有吉佐和子『複合汚染(上・下)』(新潮社)を読んで,「自分たちが暮らしている世界の,複雑な物質循環と生物相互,生物と物理化学的環境の相互作用をきちんと研究しなくては,未来は危うい!」と強烈に感じ入り,生態学と環境科学と社会科学に跨って環境問題を解決することに貢献するような研究者を志した。
東京大学教養学部理科二類に入学後,駒場の2年間はソフトボール部に所属して練習ばかりしていたが(しかし研究に必要な体力をつけるために大いに役立った),保健学科進学後は人類生態学教室に入り浸り,鈴木継美教授(後に名誉教授,平成20年5月25日,76歳という若さでご逝去されたことが残念でならない)より卒論指導を受けて,研究の面白さと難しさを知った。「卒論なんてのは,どれだけ自分が阿呆かということがわかれば,それでいいんだ」というお言葉は至言だった。当初は実験室での分析と人口モデルの理論ばかりやっていたが,大学院修士課程2年時,パプアニューギニア調査に参加してからは,野外調査も含めた現在の研究スタイルが確立した。博士課程2年目,鈴木教授の退官と大塚柳太郎教授の就任に伴って助手として採用され,10年間勤務した。
2002年4月1日より,山口県立大学看護学部に,公衆衛生学と看護健康情報学担当の助教授として採用され,2年間勤務した。2004年4月1日より,群馬大学大学院医学系研究科社会環境医療学講座公衆衛生学分野の助教授として採用され,2007年4月1日より准教授として,2012年3月まで勤務した。
2012年4月より神戸大学大学院保健学研究科に国際保健学領域の教授として着任した。現在の主な調査地はソロモン諸島とパプアニューギニアである。